14.告白する
※『猛獣』設定。来神時代。















「あれ?」
『…ここに居たのか』
「ひょっとしてシズちゃんに訊かれた?」
『ああ』

PDAを操作するセルティを見ながら、臨也はうーんと唸る。
新羅は彼女が好きだって言うけど、それってつまりそういう好きなんだよねぇ。なんかあんな変態が理解できて俺が理解できないってムカつくなぁ。
そう思うが、だからどうなるものでもないかと首を振る。別に理解したいと思っているわけでもないのだ。

『どうした?』
「ああ、いや…気にしなくていいよ。大したことじゃないし、誰かに害が及ぶようなことを考えたわけじゃないから」
『………』
「じゃ、俺もう行くから――」
『待て』
「なに?」

まさか呼び止められるとは思っていなかったので首を傾げる。

『お前は、静雄が嫌いなわけじゃないんだろう?』
「そりゃまあ、嫌いじゃないよ」

ある意味ではいっそ死んでくれればいいのにと思うほど嫌いだけど、とは言わない。それは、セルティには関係ない静雄と臨也だけの問題だ。

『なら、質問を変える。お前は――』
「ストップ。それ、こんなとこで立ち話する内容じゃないよね?」
『…場所を変えよう』
「………わかったよ」

どうやらどうあっても質問を続行する気らしいセルティに。
臨也は大きく溜息をついて頷いた。











それから公園に移動した二人は、開いていたベンチに腰を下ろした。

『改めて問うが、お前は、静雄が好きなんだろう?』
「そうなんだよねぇ。好きなんだよ」

うん、と存外素直に頷いた臨也はセルティに視線を向けた。
その穏やかな瞳に、むしろ彼女の方が動揺した。

『臨也?なにか変なものでも食べたのか?』
「ひっどいなぁ。違うよ」

けらけら笑う。

「やっと吹っ切る気になっただけ。俺はシズちゃんが好き!それでいいかなって」

首を傾げる――無論首はないがそういう動作だった――セルティに、臨也は晴れ晴れした表情で言葉を続ける。

「俺は他のやつらが思うほど俺自身を理解しちゃいない。俺はそういうところ全然成長できてないしね。でも、それでも、俺はシズちゃんと離れたくないから、だから、俺の『好き』がどういうものかは置いておくことにするよ」
『…それでいいのか?』
「おや?説得に来た人の台詞とも思えないね?」
『…あ、いや…でも、静雄のためにもお前のためにもそういうことははっきりさせた方がいいんじゃないのか?』
「まあ俺もそう思ったから逃げてたんだけどね。結局答え、出なかったからさ」

困ったように笑う顔は年相応だ。
まだ17歳の、子供の顔。

「俺はシズちゃんとキスできるし多分それ以上も平気だと思う」

問題発言にセルティはPDAを取り落としそうになった。
そして、なんと答えればいいのか迷っているうちに臨也が言葉を続ける。

「ねぇ、運び屋。君はスタンダールの『結晶作用』って知ってる?」
『?』
「塩の結晶のきらめきを恋愛心理の発生に例えた説なんだけどね。まあ、要は蓼食う虫も好き好き、好きになると相手を美化してしまうっていう恋愛経験談にでもありそうな話なんだけどさ。まさしくシズちゃんの状態ってそれだと思うんだよね」
『それは静雄に失礼だぞ』
「ははっ、そうかな?だってでなきゃ俺相手に恋とかありえない」
『………』
「でも、そうやって相手のことばっかり考えてますます相手を好きになるってのが面白いと俺は思うわけだ」

結局何が言いたいんだという雰囲気を漂わせるセルティを気にした様子もなく、臨也は喋り続ける。

「俺は生憎自分の『好き』が恋愛感情のそれだと確信できない。でも、好きに違いはないんだし、しばらくは踊らされてもいいかなって思ったわけ」
『意味が分からないんだが…』
「んー…そうだなぁ…。俺はシズちゃんが好きで考えれば考えるほど好きだと思うから、そうやって考え続けてればいつか、シズちゃんみたいに恋になるかもねって話だよ」
『お前の言うことはいちいちややこしくて回りくどい』
「そう?」

くくっと笑って、首があれば目に当たるだろう位置を覗き込んで。
臨也は愉しげに目を細めた。

「でもさ、好きな相手を本当はどう好きなのかっていう葛藤は君にも覚えがあるんじゃないかな?」
『…それは、私に文句を言いたいのか?』
「いやいや、そういうわけじゃないよ?俺は新羅の恋路に興味なんてないしねぇ」
『お前は、やっぱり嫌なやつだな』
「はははっ」

心底愉しそうに声を上げて笑って。
それから臨也は思いの外真剣な声で告げた。

「セルティ、俺は人間個人を愛することはできない。それはこれから先一生変わらない事実だ。でもその中でシズちゃんだけが例外。だから、今はそれでいいことにするよ」

それは静雄に言ってやれ、と思ったが。
どうせこの男は決してそれを素直に口にしたりはしないのだろう。
池袋の都市伝説は重い溜息をついて、こんな相手に惚れた金髪の友人に心の底から同情するのだった。












※何故か告白を聞く羽目になるセルティ。

スタンダールの恋愛論でいけば、静雄は七段階目の第二の結晶作用までいっていて、臨也はまだ二段階目に達するより少し手前くらいの段階。(…そもそも異性じゃないとかは気にしちゃダメですよ)
この差が埋まるのには最低あと3年ほどの時間が必要なのですが、それはまた別の話。