3.くっつかないでください移ります変態が
※基本イザ→→→←シズ。












「もう限界」

そんな言葉を呟いて、臨也はソファに横になった。
ぱたりと手に持った携帯が転げ落ちたが、それを拾うことすらせず置かれたクッションに懐く。
ぎゅうとそれを抱き締めて大きく息をついて、臨也はもう一度、限界だと呟いた。





「波江、もし今日俺が死んだらこれ処分しといてくれないかな?」

そう言って目の前に出された封筒に。
書類の整理をしていた波江は雇い主を見上げた。

「死ぬ予定があるのかしら?」
問えば、苦笑される。
「そういうわけじゃないんだけどね、まあ保険かな」
ああ君の給料は今月分まではちゃんと支払われるから安心していいよ。と呟くように言った相手の目はしかし、冗談の色を含んでいなかった。
ここのところそれほど危ない橋を渡っているようには思えなかったのだけど。
そう考える浪江に、臨也は低く笑って「じゃあよろしくね」とさっさと封筒を預けて、こう言った。

「ちょっとシズちゃんに会いに行ってくるよ」

ああなるほど。と得心の行った表情で頷き、波江は出て行くその背中を一瞥だけして仕事に戻った。






「──っの、死にやがれこのノミ蟲があぁぁぁぁぁっ!!」

罵声と共に飛来する看板を避けながら、臨也は思案していた。
今日池袋に来たのは目的あってのことで、逃げるわけにはいかないし逃げる気もないのだ。
ガードレール片手に突進してくる静雄に苦笑して、踏み込む。
一気に間合いを詰め、ナイフを一閃――ではなく、そのままの勢いで抱きついた。
ソファに置かれたクッションにしたようにぎゅうっと遠慮なく抱き締めて、大きく息を吸う。
肺に取り込んだ空気は馴染んだ煙草の匂いがした。

「…て、めぇ…なにしてやがる…」

唸るような声が降ってくるが、無視だ。
今はただ触れた体温を全身で感じるのに忙しい。

「…おい…っ」

困ったような、焦ったような声。
なにかいつもと違うことだけはわかったのだろう。殴るわけでもなく、静雄の手は行き場を失い空中を彷徨っている。
静雄は基本的に温和な人間だ。こういう態度をとられれば、例えそれが嫌い抜いている臨也であっても無碍にはできない。
それを知っている臨也は、どうやら死なずには済みそうだと内心で思う。一応、抱きついた後で怒り狂った静雄に殺される覚悟までしたというのに、やはり甘い男だと笑った。

「シズちゃん」
「…なんだ」

静かな声で名前を呼ばれて、静雄は戸惑いながらも返事をする。

「うん、あのね」

やっと顔を上げた臨也が静雄の目を見つめてきて何だと首を傾げ―――。

「──っヒ!?…ッ…何しやがる手前ッ!」
「色気ないなぁシズちゃん」
「煩ぇ黙れ!その手を離せ!!この変態野郎ッ!!」
「だーめ。あんまり騒ぐと人が集まっちゃうよ?いいの?」

ぎゃあぎゃあ喚く静雄に、臨也は盛大に溜息をついてからにやりと笑っていった。
先程のまでのどこかしおれたような様子はもはや微塵もない。

「あーひっさびさのシズちゃんだ。たまんない」

さわさわと這い回る手つきは明らかにそういう意図でもって動いている。
殺意を抱くのに充分なそれにしばらくの間硬直していた静雄だったが…。
しだいに目つきが剣呑さを増し、不穏な笑みを浮かべ臨也を見下ろした。
静雄に触れるのに夢中な臨也はまだそのことに気付いていない。

「なあ、臨也くんよぉ」
「なあにシズちゃん」

警告の呼びかけにも臨也の手は止まらない。
最初は背を撫でるにとどまっていた手は、すでに大胆に尻や太腿の内側を彷徨っている。
びきりと静雄のこめかみに青筋が浮かんだ。そして、ついでのように思い出す。
そうだった。こいつはこの一ヶ月一度だって会いに来なかったのだ。
基本的に他人との付き合いには消極的な静雄は自分から動くことがあまりない。必然、臨也が誘わねばそういう状況にはならず、静雄は口では清々すると言いながらも苛々しつつ連絡を待っていたのだ。だが、一度とて連絡はなく。
それなのに欲求不満で耐えられなくなったら来るとはいい度胸だ。そう静雄は怒りに引き攣った笑みを浮かべて思う。

「手ぇ放せ、セクハラ野郎」
「やだ」
「ッ…手前、ここが公道だって分かってやってんだろうなぁ?」
「当たり前だよ。シズちゃんじゃあるまいし。あれ?シズちゃんちょっと痩せた?」

触れるところはほぼ触りつくした臨也の手が、ついに静雄の下半身――具体的表現は避けるが――に伸び。

ぶちり。


「触んじゃねぇこの変態があぁぁぁ!!」


怒号と同時に鈍い打撃音が響いた。












※静雄分が不足した臨也の話(何)
うちの臨也んちのソファはシズちゃんご訪問時(not喧嘩)の定位置。煙草の匂いがするんですよ。と主張してみる。中途半端な終わり方ですみません。


[title:確かに恋だった]