イザ⇔シズ。甘め。











壁に背中を押し付けられ、密着するような姿勢をとらされて。
静雄は戸惑うように視線を揺らした。
いつものように臨也を追いかけて入った路地裏で、不意をつかれて今の体勢になって。
やけに近くにある独特の色の瞳に射竦められて身動きできずにいる。
掴まれた手首が、酷く熱く感じた。
見上げてくる眼差しがいつものそれとは異なるやけに真剣なもので、どくんと心臓が高鳴る。
マズいどうしよう気付かれる。
徐々に上がる熱が顔にまで出てしまったら、人間観察が趣味だというこの相手は静雄の気持ちに気付いてしまうだろう。

「おい、放せっ」

それは拙いだろと慌てて振り解こうとした静雄だったが、次の瞬間には秀麗な顔が視界いっぱいに広がって――。
柔らかなものが押し付けられて、離される直前にぺろりと舌先が唇をくすぐった。
すべては一瞬のことで、何が起きたのか把握したのは、臨也が完全に顔を離した後のこと。

「な、な、何するんだ手前!!」

耳まで真っ赤にして睨みつける静雄に、ふっと視線を緩めて臨也が笑う。
いつもの厭な笑みではなく、柔らかな微笑み。
初めて見る表情に数瞬見惚れて、静雄はいやいやそうじゃねぇ!と首を振った。
何でだ?何を企んでいる?と混乱する彼の戸惑う視線を受けながら、相手は静雄の手首を開放する。

「シズちゃん、嫌なら殴っていいよ」

そう言って、もう一度ちゅっと口付けて来る相手。
するりと背を撫でてくる手に、静雄はびくっと震えて硬直した。

「お、い…ノミ蟲…?」
「なあに?」
「な、に…してんだよ、手前」
「ん?何って、キスとか」

問いかけの答えは酷くあっさりとしたものだ。
いやだからそうじゃなくて何で手前がそんなことしてんだよ、と言いたいが、相手のあまりにも平然とした態度に言葉が出てこない。
結果、ただぱくぱくと口を動かすだけの静雄に、臨也はくすりと笑って、その口にまたキスしてくる。

「シズちゃん可愛い」
「…か、わいく…ねぇし」
「このまま襲いたいなぁ。襲ってもいい?」
「いみ、わかんねぇ、よ」

本当に分からない。何でこんなことをするんだ、と泣きそうな気分で必死で睨む静雄。
その薄っすら涙に濡れた目に臨也がああもう堪んないなぁと考えているとは彼は思いもしなかった。
「ねぇ、シズちゃん」
「なん…だよ」
「君があの田中トムさんって上司と付き合ってるってホント?」

――は?

臨也の言葉は、静雄にとって余りにも予想外、寝耳に水な言葉だった。

「んなわけねえだろうが!っていうかトムさんに失礼だろ!?」
「…なにそれ」
「俺みたいなのと付き合ってるとかありえねぇってんだよ!」

必死で撤回しろと訴える静雄に、最初は目を丸くして見ていた臨也だったが何故か段々と呆れたような視線に変わりはじめる。
「…君が自分のこと過小評価してることは知ってるけどさぁ」
はあ、と溜息をついて。
臨也は静雄の腰に手を回して抱き寄せて、噛み付くようなキスをしてきた。
「ちょ、なッ…んぅっ」
ヌルリと入り込む生暖かい弾力のあるものに反射的に噛みそうになったが、何とか耐える。
口内を荒らす臨也の舌に自分の舌を絡め取られて、初めて知る奇妙な感覚にぞくりと背筋を震わせて。
静雄はふるふると震えながら、ただ身体を硬直させて開放されるのを待った。
「っ…はっ」
腰が砕けて縋るようになってしまった身体を細いくせに意外に力強い腕が支える。
初めての深い口付けの余韻でただ荒い呼吸を繰り返す静雄をよそに、臨也はその白い首筋に唇を寄せてきた。

「お、い…っ…てめ、何して、んだよッ」
「何だと思う?」
「ッ」

ぺちゃりと舌を這わせて舐め上げて、臨也が顔を上げて笑う。
「てめ、何してんのか、分かってんのか…」
「うん。分かってるよ。シズちゃんを抱こうとしてる」
「………」
「ああ、この場ですぐじゃないよ?田中さんと付き合ってないんなら、シズちゃん処女だろ?」
「ッ…男に処女とか言ってんじゃねぇ!」
「…突っ込むとこそこなんだ」

苦笑して、危機感ないねシズちゃんなどと言ってくる相手にどうしていいのか分からず。
静雄はうろうろと視線を泳がせる。
その頭の中を占拠しているのは、何で臨也はこんなことをしているんだというそれだけだ。

「だ、大体、手前分かってんのか?」
「?」
「俺は、男だぞ」
「そうだね。って言うか、そのなりで女の子ですって言われても反応に困るかも」

赤くなった顔を上げて何とか視線を固定して、睨むように見詰めた先には苦笑を深める相手の顔。
それを見据えて、問う。

「俺相手に、その気になるのかよ手前」
「なってるけど」
ほら、と手を取られて導かれた先。
そこからビクリと慌てて手を離して、静雄は信じられないものを見る目で臨也を見詰めた。
「なんで…?」
今度の問いかけは酷く頼りなく。
途方に暮れた子供のような顔をする静雄に、臨也は苦笑した。

「シズちゃん、俺はシズちゃんが嫌いだ」
「ッ」

まさか嫌がらせでそこまでする気なのかと静雄が顔を歪めるのを眺めて、臨也は首を振る。

「でもさ。君は知らなかっただろうけど、俺はシズちゃんをそういう意味でなら好きなんだよ。知ってた?」
「そういう…って」
「抱き締めたい。キスしたい。…抱きたい。シズちゃんは嫌?俺にはされたくない?」
「俺は…だって…、ッ…んで」
「嫌だったら抵抗して。シズちゃんなら俺くらいどうとでもできるだろ?」
「…だって、そんな」
「嫌?」

どこか祈るような響きでの問いに。
しばらく視線をさ迷わせて、それから、静雄は小さく首を横に振る。
嫌ではない。むしろ、望んですらいたことだ。
「じゃあ抱かせて?君が欲しい。もう我慢できない」
いつものよく回る舌はどうしたのか。言葉少なに真剣にそう口にする臨也に、静雄は僅かに逡巡して、こくりと頷いた。
すると、臨也は嬉しそうに、先程の笑顔よりさらに優しく、綻ぶようなきれいな笑みを浮かべた。

「ありがと、シズちゃん」
「あ、あのな…その、俺も」
「うん」
「俺も、お前が、好き…だ」
「知ってた」
「え、え?」

シズちゃんが自覚するよりずっと前から知ってたよ、と囁く声は熱を帯びて甘く。
嘘だろと混乱する静雄の頬に、目元に、唇に、何度となく触れるだけのキスが繰り返される。

「ノミ…ッ…い、いざや」
「何?」
「本当に、するのか?」
「うん」
「でも、ここ、路地裏だし」
「ん、場所移動しようか」
「いや、でも俺男だし、触り心地とかたぶん良くねぇし」
「………」

はあと溜息をついて、臨也は静雄の目を覗き込んだ。
どうしてそんなに自分に自信がないのだろうか、と本気で呆れ返っていることなど、自分に自信のない静雄には分かるはずもなく。
それが分かっているから、臨也はもう一度大きく息を吐き出して、仕方ないなぁシズちゃんは、と呟いた。

「俺はシズちゃんがいいし、シズちゃんが欲しいんだ」

そう言われてまた耳まで真っ赤になった静雄は、視線を俯かせて分かったと頷く。
大人しくなった静雄に臨也はふわりと笑って、その手を取って優しく唇を押し当てた。












※甘いのを目指した結果こんなことになったイザシズ。…殺伐な二人はどこ行った。