恋する怪物 後日談2-1
※2010年ハロウィンネタの続編。









「おーい、イザ兄!」
「…声をかける前に蹴ろうとするのは止めろ」

ひょいと攻撃を避けて、臨也はげんなりした顔で双子を見た。
そんな臨也の顔を下から覗き込むように見たクルリとマイルは首を傾げる。

「あんまり元気そうじゃないね?」
「…疲…?」
「…まあね」

答えて、それから「お前らどこか行くんじゃないのか?」と問うと、双子はそれぞれ頷いた。

「これからみんなで集まるんだよ。あ、イザ兄も来る?」
「…みんなって、あいつらかよ…」
「そうそう。あ、静雄さんもそのうちみんなに紹介しないといけないよね?」
「…肯…」

きらきらと目を輝かせていつ連れてくるのかと訊かれて、臨也はう〜んと唸る。
臨也から見て、この双子もそうだが静雄も人間寄りだ。
それだけに、あえて他の眷属たちに会わせる必要性があるようにはあまり思えなかった。

「…まあ、そのうちな」

そう言って。
それから、あ、と呟いて動きを止めた臨也に。
クルリとマイルは首を傾げる。
双子も人狼だが、血の濃さのせいか匂いにはあまり敏感ではない。
臨也が感じ取った微かな匂いは、彼女たちには感じ取れなかったらしい。

「もう行くよ。みんなにはよろしく伝えておいてくれ」

そう言ってさっさと移動しようとした臨也だが。
それはそれは恐ろしい勢いで真横を通過した物体に、結局一歩も踏みさせぬまま硬直した。

「あ、静雄さんだ!おーい!」
「…嬉…」

おいお前ら、今目の前を通過した自動販売機はスルーか?あと数センチずれてたら俺死んでたかもしれないんだけど?と硬直したまま思う。

「いぃざぁやぁああ!手前帰ってこねぇってのはどういう料簡だ!?ああ!?」

叫ぶ静雄の頭にはここが池袋の街中だという認識はないらしい。
あんな大声で叫ばれては、同居…断じて同棲だと認めてやる気はない…していることが知れ渡ってしまうではないか。
そう思うが、臨也はとりあえず逃げることを優先しようとし―――できなかった。

「お前ら、離せ」
「ダメだよイザ兄。静雄さんが可哀想だよ?」
「…悲…否…」
「いやお前ら俺は可哀想じゃないのか?」
「だってイザ兄だし」
「…肯…」

ああもうなんて薄情な妹――もとい眷属どもだ。
空を仰いで嘆いたところでどうにかなるはずもない。
がしりと静雄の手が臨也の肩を掴んだことで、臨也は嘆息とともに逃走を諦めた。

「あのさぁシズちゃん。俺、仕事で少し家を開けるって言ったよね?」
「…一週間は少しじゃねぇ」
「肩痛いんだけど」
「離さねぇぞ。あと今逃げたら監禁だからな」
「………わかったよ。でもさシズちゃん…俺としては可愛い恋人に自販機投げるのはどうかと思うよ…?」
「手前のどこが可愛いんだ」

とりあえずこれだけは言わせろと臨也的には控えめに先ほどの凶器の一件を抗議してみるが、相手は微妙にずれた返答で一笑に伏す。
しかも、臨也をここに引き止めた張本人の双子は、じゃあ私たちはもう行くね!静雄さんイザ兄のことよろしくね!と朗らかな声で無責任に言い放ち、さっさと去っていってしまう始末だ。
逃げ出さないようにと考えたのか。静雄にひょいと荷物のように抱えられた臨也は、もはや講義する気力もなく、お前ら覚えてろよ、小さく呻いただけだった。
















ぼすりと乱暴にソファに放り投げた静雄に。
臨也は不愉快そうに眉間に皺を寄せた。

「もう少し丁寧に扱ってよ」
「あ?別にいいだろ」
「良くないし」

文句を言われたところで静雄は取り合う気はないし、それは臨也にも分かっていることだ。
もともとの関係を考えれば、これでも十分優しいのは間違いない。
だから、臨也はそのことについては追求せず、ただ自分が何で一週間も自宅に戻らなかったのかを理解していない静雄に憤った。

「…なんで分かんないかなぁ」

欲求不満はもはや限界に近い。
人狼である彼は、満月が近づけばその分本能が強まる。
じわじわと募る耐え難い欲求に、臨也は喉の奥で低く唸り声を上げた。
それでも、意地を張るな、自分から求めろと訴える本能に無理やり蓋をして、ふうと息を吐き出す。
自分からは手を出さない。
それは、静雄の言葉と告白を受け入れた臨也がせめてと決めたことだった。
もっとも、何もしてこない静雄に一週間もしないうちにそう決めた自分を呪ってやりたい気分になったものだが。
「シズちゃんの馬鹿」
ぷいっと顔を逸らしてソファの背に寄りかかった臨也は、溜息をついた。
脱力した彼のその息に合わせるようにふわりと空気が揺れて、獣の尾と耳が現れる。

「臨也、耳出てるぞ」
「…あっそ」

どうでもいい、と呟いて。
臨也はそのままソファに懐いた。
ゆらゆらと微かに揺れるふさふさの尻尾。猫のそれより肉厚の柔らかそうな耳。
それらをぼんやりと眺めながら考えることしばし。
触り心地のよさそうな耳を凝視したまま静雄はつい呟く。

「その耳、なんかいいな」
「は?」

言われたことの意味が分からなかったらしい臨也はぽかんとした顔で静雄を見る。
それを気にすることなく静雄は密生した毛に覆われた臨也の三角の耳に手を伸ばしてきて。

「ちょっと、何勝手に触ってんの…」

さわさわと撫でられた臨也は耳を伏せて小さく唸った。

「いいじゃねぇかよ。減るもんじゃないし」
「減らないけどくすぐったい」
「へぇ、かなりもこもこなんだな」
「…………」

撫でてくる指にやましいものは一切ない。
それが、今の臨也には苛立たしかった。

「あのね、シズちゃん」
「ん?何だ?」
「俺は君のペットじゃないんだよ?」
「…当たり前だろ?」

なら何でそんなふうに普通に撫で回せるのさ。
好きだって言ったくせに、とふてくされた臨也は、シズちゃんの馬鹿、鈍感、童貞!と心の中で叫んで。
もう本当に家出してやると心に決めたのだった。