恋する怪物 後日談1
※2010年ハロウィンネタの続編。









「…やっぱり納得いかない」

むうと唸ってから。
臨也はテレビの電源を消して、ソファの上で片膝を抱えて中空を睨んだ。
数日前から彼はまた静雄と共同生活を送りはじめた。
言っておくが、臨也の望んだことではない。
『しばらく大人しくしていろ』という静雄の言葉を無視した結果だ。
あの後捕獲された臨也は、その場で選択を迫られ、已むを得ず同居を選ぶことになった。

「………まさかシズちゃんがあんなこと言い出すとは思わなかったしなぁ」

ついつい独り言を言いながら、重い息を吐き出す。
ああもう、ホントどうしよう。そう思うが、解決策など見つかるはずもない。
――監禁か、同居か。
ある意味究極の選択を迫られて同居を選んだ自分を褒めるべきだ、と自身に言い聞かせようとして失敗して。
到底長い時を生きてきたとは思えない思慮の足りないその判断に、臨也は盛大に項垂れた。
静雄はどうやらいまだに臨也が勝手にどこかにいなくなったりするのではないかと危惧しているらしい。
心配だからこそ自分の目の届くところに置いておきたいと思うのは臨也にも理解できる。
だが、監禁はないだろう監禁は。そう思うが、あの時の静雄の目は至って本気だった。

「逃げたらホントに閉じ込められそうだしなぁ」

それは嫌だと、ふるふると首を振って嫌な想像を頭から追い払う。
とりあえず逃げなければそれは回避できる問題だ。
だが…本当のところ問題はそれだけではない。
だからこそ、憂鬱だった。
ああクソ、と胸中で思う。

「…生殺しだよシズちゃん」

ぱたりとソファに倒れ込んで呟く声に覇気はない。
身も蓋もない言い方をすれば、臨也は欲求不満だった。
静雄とお付き合い…のようなものを始めて約一週間。いまだキスの一つもしてこない男に臨也は少なからず苛立っている。

――予想外…っていうか、予定外だ。

こんなことになるまで臨也は静雄をそういう対象として見ていなかった。
だから、静雄のそういう方面についてはまったく興味がなかったし調べてもいなかった。
それでも、吸血鬼だろうがなんだろうが24歳の男なのだしあの容姿だ。経験の一つや二つあると思っていたのに。

「…シズちゃんのヘタレ」
「誰が何だって?」
「だーかーらー君がヘタレだって言ってんの」

相手が近づいてきているのを知っていたからこそ聞こえるように言ってやれば、不愉快そうな声。
臨也が寝転んだままちらりと視線だけ上げると声と同じく不機嫌そうな顔をした静雄が目に入る。
その手にはマグカップが二つ。

「それ何?」
「ココアだ」
「…ココアとか、君どれだけ甘いもの好きなの」

そう言いながら起き上がって手を伸ばす。
渡されるまま受け取って。
甘い匂いにくんと鼻を鳴らして、臨也は恨めしげに静雄を睨んだ。

「シズちゃんのヘタレ」
「手前さっきから喧嘩売ってんのか」
「さあね」

ふいっと視線を逸らしてココアを一口啜る。
甘い味が口の中に広がって。

――ココアでご機嫌取ろうとするくらいなら、キスの一つでもしろよこの馬鹿。

そう思いながら、恋する人狼は一人悶々とした気持ちを抱えるのだった。






※シズちゃんは今はまだ臨也がいるだけで満足な状態なのですが、臨也さんはそういうところは(動物なので)非常に即物的で一緒に暮らしてて何もないとかあり得ないだろ!という気分。でも自分からすることもできない性分なのでよけい苛々するわけです。