恋する怪物 7
※シズ→イザ。2010年ハロウィンネタの続編。









「……飲まねぇと、やっぱ死ぬよな」
「そりゃあね」

吸血鬼だって生き物だものと頷いて。
臨也は静雄の答えを待つように、ただ大人しく待っている。
それに対して自分はどう答えるべきなのか。
静雄は判断ができず、困って眉を寄せた。
よく状況は飲み込めないが、とりあえず自分が血を飲めなくなった原因は臨也であるらしい。そして、それは臨也にもどうにもできないことで、だから唯一飲めるはずの臨也の血を飲ませてやってもいいということらしい。

「…眷属ってよお」
「うん?」
「なると、手前の言うこと聞かなきゃなんねぇとかあるのか?」
「ないよ。あったら便利なんだけどね」
「………」
「基本的に俺の眷族はただ俺の庇護下にあるってだけでさ、みんな好き勝手やってる連中ばっかりだよ。俺の言うことなんてほとんど聞きやしないし…」

はあと大きく溜息をついて、臨也は「まあそういう契約をしてないんだから当然だけどさ」と続けた。

「俺は俺の思い通りに操れる下僕なんて欲しくないし、シズちゃんにもそんなこと望んだりはしない」
「…それじゃ、手前には何のメリットもねぇじゃねぇか」
「かもね。別にいいだろ?俺がそうしたいからそうしてるだけだし、別に慈善事業ってわけじゃない」
「?」

臨也の言葉に静雄が首を傾げると。
赤い瞳を細めて、臨也は小さく笑う。

「俺たちみたいのなのは、基本的に少数派で仲間がいないからさ」

だからそういう繋がりでも欲しいと思うのかもね。と、呟く彼のその声はどこか寂しげで。
何故か酷く静雄の中に沁みこむような響きだった。
















「どうする?」
臨也の問いかけに、静雄はそうだなと呟く。
死にたいとは思わない。
だが、臨也が言うように眷族になったとして、それで臨也との関係が変わってしまうのは、複雑だった。

「臨也」
「うん」
「お前はそれでいいのか?」
「…いいも何も、選択肢なんてないじゃないか」
「でもよ、手前には俺を見捨てるって選択もあったはずだ」

実際、そうすれば臨也の望む静雄の死は確実に現実になったはずなのだ。
にも関わらず、静雄に選択させるその理由が分からない。

「まあ、そうなんだけどねぇ」
「?」
「…ねぇ、シズちゃん」
「何だ?」

答えるが、臨也は呼びかけたくせに何も言わず狼の耳を横にねかせて、はふと息を吐き出す。

「臨也?」
「…………」

視界の端で揺れる尻尾。
ゆらゆらと、彼の複雑な心境を表すように揺れ続けるそれと、臨也の顔を交互に見て。
そうして待つことしばし。
臨也は意を決したようにきゅっと眉を寄せて、口を開いた。


「…俺はさ、シズちゃん。どうも、君に死んで欲しくないらしいんだよ」
















臨也の言葉は、静雄にとって予想外過ぎた。
今までの臨也と自分の関係を考えれば、むしろありえないといってもいい。

「…臨也、お前どっか具合悪いんじゃ」
「空腹で倒れてろくに動けない人に言われたくないな。俺は至って正気だよ。自分でも不愉快極まりないけど」
「…でもよ、お前が俺に死んで欲しくないとか、ありえねぇだろ…」
「同感だ。でも、事実なんだよ」

あくまで不機嫌に。一切笑いを交えない声で言われては、さすがの静雄もそれ以上は何も言えなかった。
「で?そろそろ決めて欲しいんだけど?」
さあと促されて、静雄は完全に沈黙する。
臨也の言葉からして、眷族になることにデメリットはないように思える。だが、関係は確実に変わるのだ。
臨也の中での眷属がどういう存在なのか。それが、一番の問題だった。

「手前は、眷属は家族だって言ったよな」
「うん。言ったね」
「………」

家族か。そう静雄は心中で呟く。
静雄は今でも変わらず単純な好きとは違う意味で臨也が好きなのだ。別に恋人になりたいとか、そんなことを思っていたわけではない。だが、そんな感情を抱えたまま、臨也の眷属になるのは正しいのだろうか。そう、思ってしまうのだ。
「…俺は…」
返答に詰まり、眉根を寄せて苦しげに呻く静雄に、臨也は小さくため息をつく。

「あのさ、シズちゃん。そんなに深く考えなくてもいいと思うんだけど」
「…でも」
「…君が俺を好きだとかそういうことはとりあえず脇に除けて、今は君が生きたいのかそうじゃないのか、それだけ考えてよ」
「………」
「俺が今君に選んで欲しいのはそれだけだ。他は、まあ…おいおい考えればいい」

そう言って。
それきり完全に沈黙した臨也に、静雄はしばらくの間考えて、頷いた。
「…臨也」
呼びかけに応じて向けられる赤を見据えながら、選択した答えを口にする。

「血、寄越せ。手前の眷属とやらになってやる」

葛藤の末に重大な決定をした静雄は、自分の意思を伝えたことである種の安堵を覚え。
だから、気付かなかった。
静雄が自分の意思を言葉にしたその一瞬。
臨也が何かを諦めたような、そんな表情をしたことに、彼は気付くことができなかったのだった。
















「了解」

静雄の言葉に頷いて。
そこで臨也は何かに気付いたのか、首を傾げて目を瞬かせた。

「臨也?」
「あ、うん。あのさ、シズちゃん」
「何だ?」
「君、今自分で血飲める?」
「………」

眉根を寄せ難しい顔をしてそう問われて、そういえば、と静雄も思う。
現在の静雄は血が足りなすぎてろくに動けないのだ。体を起こすこともできない状況で、血など飲めるのか分からない。

「…無理かもしれねぇ」
「あー…だよねぇ」

静雄の答えに仕方ないなぁとばかりに首を振って。
臨也はコートのポケットを漁ってナイフを取り出した。

「お、おい?」
「何?ちょっと黙っててよね。これ加減間違うと深く切りすぎて血が止まらなくなるんだから」
「いや、そうじゃなくて、ちょっと待て」

ナイフを手首に当てる臨也に慌てて制止の声を上げると、臨也は煩いと睨みつけてくる。

「これが一番手っ取り早いと思うんだけど?」
「…かもしれねぇけど、そんなとこ切るんじゃねぇよ」
「じゃあどこならいいって言うのさ」

どこと言われても困る。
渋い顔で黙り込む静雄に、呆れ顔で臨也は溜息を零した。
そして、指先をほんの僅かに傷つけて、差し出す。

「とりあえずこれ舐めて。たぶん一滴とかでも多少は効果あるだろうし、動けるようになったらちゃんと飲ませてあげるから」

指先に滲む赤。
そこから漂ってくる甘い匂いに抗えるはずもなく。
静雄はこくりと唾を飲み込んで、口元に近づけられたそれにそろそろと舌を伸ばした。