あるいは一つの可能性
※memoログ。猛獣シズイザと津軽×サイケな小ネタ連載。ふあと欠伸をしながら。
静雄はひとり夕食の準備をしていた。
と、ぱたぱたと軽い足音がしてくる。
「シズちゃんシズちゃん!」
「おー…何とかなったみてぇだな」
背中に体当たり同然に抱きついてくるサイケに、静雄はほっとした顔をした。
「うん!あのね、おれね、つがると両思いになったんだよ!」
「そうか。それは良かったな」
「うん!」
頭を撫でてやれば、サイケは嬉しそうに首肯して、後からやってきた津軽の方へぱたぱたと戻っていく。
それを見送ってから、静雄は津軽に声をかけた。
「臨也の奴がたちの悪い悪戯をしやがったんだろ?悪かったな」
「いや…」
首を横に振って、津軽は辺りを見回す。
「臨也はどうした?」
「ああ。あの馬鹿は今眠ってるから放っておいていいぞ」
「?…まだ寝るような時間じゃないぞ?」
「いいんだよ。ああいうたちの悪い野郎も寝てる時だけは静かだし悪さもできねぇんだからな」
そう静雄が言えば。
何となく事情を察したのか、津軽は微妙な表情をした。
「…まあ、別にいいけどな」
「?臨也くん寝てるの?」
「ああ。後で俺が起こしに行くから、サイケは津軽とテレビでも見てろ」
「はーい」
素直に答えるサイケに。
静雄は何で同じ外見なのにこうも違うんだろうな、と溜息をついたのだった。
夕食の支度をあらかた終わらせて、静雄は一息ついた。
そして、ふと、サイケが見ていることに気づいて視線を巡らせる。
「津軽はどうした?」
「テレビ見てるよ」
そう言って。
言いにくそうな表情で静雄を見つめる先ほどまでのはしゃいだ様子から打って変わったサイケに、静雄は首を傾げて、先を促す視線を向けた。
「あのね、シズちゃん」
「どうした?」
「おれね、つがるを選んだんだ」
「?」
「シズちゃんより、臨也くんより、つがるが大事なんだ。だから…あの、ごめんなさい」
ぺこりと頭を下げるサイケに、静雄は怪訝そうな顔をする。
何で謝られるのかがわからなかった。
そんな静雄の気持ちを知ってか知らずか。サイケは「あのね」と言葉を続ける。
「おれ、シズちゃんも臨也くんも好きなんだ。でも、つがるはもっと好き。だからっ」
ああ、そういうことか。と、サイケの必死な顔から察して。
静雄は別にそんなもんだろ、と思う。
臨也曰くの“自分たちの遺伝子からできているならそうなるだろう”というやつだ。
優先順位をつけてしまうのはある意味仕方のないことであると静雄は考えているし。そもそも、そういう風に自分の中で人をランク付けることに罪悪感を感じるだけ、まだマシだろう。臨也を筆頭にそんなことは端から考えない人間を知っているだけに、余計にそう思う。
「問題ねぇよ。それだけお前が津軽を好きだってことだろ?俺だって最終的には臨也を選ぶんだし、気にする必要はねぇよ」
「………」
本当に?という表情をしたサイケに溜息をついて、
「大体よぉ、それでいくと臨也なんかもっとひでぇぞ?」
静雄は己の知るうち最も最悪の例を挙げようとする。が。
「俺が何だって?」
そう後ろから声がして。
彼はサイケとともに、ビクリと背を揺らして言葉を止めざるを得なかったのだった。
「もう起きやがったのか…」
そう、嫌そうな顔をする静雄に。
臨也はくつくつと笑った。
「君の思い通りになんてならないよ。それより、」
視線を静雄からサイケに移して、
「もう大丈夫そうだね」
と言う。
「臨也くん、おれ」
「ごめんねサイケ。悪戯をしたことに関しては謝るよ」
臨也の言葉にサイケはフルフルと首を振った。
「それはいいよ。おれ、そのおかげで自分の気持ちわかったし」
「そっか」
それは良かったと笑む姿に、静雄は苦虫を噛み潰したような表情で溜息をつく。そんなに簡単に許すなと言いたいのだろう。…もちろん臨也はそんな静雄を気になどしなかったが。
「あのね、臨也くん。おれさっきシズちゃんに言ったんだけど」
「うん。いいよ。分かってる」
「…いいの?」
「君が選んだことなら俺はそれが正しいと思う。だから、君は君の信じた通りにすればいい」
じっとサイケの目を見つめて。
臨也は何かを確かめるように目を眇めた。
「でも、おれっ」
うるうるピンクの瞳を潤ませ始めた自分と同じ姿をした自分よりはるかに純粋な存在。
それを眩しいものでも見るみたいな顔をして、彼は手を伸ばす。
そして。
「君は俺と違って真っ直ぐだ」
くしゃりとサイケの髪を撫でて。
臨也は柔らかな笑みを浮かべた。
「だから、俺は君には幸せになって欲しいんだろうね」
「サイケ、話は終わったか?」
「つがる!」
ひょいとキッチンに顔を出した津軽に、サイケは零れそうだった涙を袖で拭ってその名前を呼んで駆け寄った。
「大丈夫か?」
「ん」
ぎゅうっと津軽に抱きつく彼を見やり、臨也は津軽に視線を送る。
それを察して頷いて。津軽はサイケを促してキッチンを出て行った。
「…ねぇ、シズちゃん。いつまで睨んでるの」
じっとりと自分を睨む静雄に、臨也は小さく溜息をつく。
「何企んでやがる」
「別に何も。俺はただ、サイケに幸せになって欲しいんだよ。でなきゃ余計な手なんか加えない」
「信用できねぇ」
「…酷いなぁ。ま、確かにそれなりに楽しませてもらったけどさぁ」
はふと息を吐き出して首を振って。
赤い瞳を細めて、彼は困ったように笑う。
「信じてよシズちゃん。俺は本当にサイケに幸せになって欲しいだけだ」
その声は真剣そのもので。
静雄はそんな臨也の顔をしばし見つめ。
それから、「今回は信じてやる」と口にした。
臨也が静雄に「信じてはやるが文句は言わせろ」と説教されている頃。
サイケは、前に相談した時に臨也が呟いくように言った言葉を思い出し、あることを決心していた。
「つがる、おれ、もっともっといっぱい勉強する」
「サイケ?」
突然の言葉に意味が分からないという表情の津軽に説明することもなく。
サイケは決めたの、とだけ言う。
世界には理不尽なことが溢れている。
いつだったか、そう臨也は言った。
その言葉の意味が分からなくて首を傾げるサイケに、臨也は君はそれでいいんだよと言ってくれたけど。
きゅうっと抱きついた津軽の着物の背を掴んで。
サイケは宣言する。
「おれ、つがると離れ離れにならないように、もっともっといろいろなことを覚えるよ」
臨也の言う“理不尽な世界”に大好きな人を奪われてしまわないように。
「もっといっぱい、いろいろ知って、つよくなるんだ」
折原臨也が平和島静雄の隣にいるためにただの人間であることを止めたように。
サイケも強くなりたいと思う。
サイケの願いは津軽とともにあることで。
だから、今の幸せを失くしてしまわないために強くなるのだ。
そう決意したサイケは、はぁと頭上で吐き出された大きな溜息に首を傾げる。
微苦笑を浮かべた津軽は、そんなサイケの頭を撫でて言う。
「一緒に色々知っていけばいい」
「…つがる?」
「俺もサイケを守りたい。だから、一緒に強くなればいい」
「つがる」
「ずっと一緒だと、そう約束しただろう?」
サイケの髪を梳いていた手を頬へと滑らせ、津軽はサイケの目元にキスを落として言う。
「サイケ、好きだ」
囁くようなその言葉に。
サイケは目を瞬かせて、それから花が咲くような笑顔を見せる。
「つがる、大好き!」
ぎゅうっと抱きつく腕に力が込められて。
津軽も幸せそうに笑って抱きしめ返した。
――ずっとずっと一緒に。
それが、彼らの唯一で絶対の望みであり誓いだった。
※これにて本編終了です!
いろいろ書き足りないとことか修正したいとことかあるんでそのうちこっそりとでも…