恋する怪物 5
※シズ→イザ。2010年ハロウィンネタの続編。









あの日から、一週間が過ぎた頃。
静雄に会わないように池袋に行っていなかった臨也に、新羅から電話がかかってきた。

「はあ?シズちゃんが倒れた?何それギャグ?まだエイプリルフールまでだいぶあるんだけど?」

新羅の言葉にそう返して。
臨也は眉根を寄せた。
静雄がどうなろうと知ったことではない。むしろ清々する。そう思うのに。

「…で?どうしてそんなことになったわけ?」

そう聞いてしまうのは、何でなのだろうか。
この前のあの一件からずっと燻るもやもやした気持ちに。
臨也は苛立ちを覚え始めていた。
電話越しに聞こえる闇医者の説明に耳を傾け、その片手間にパソコンを弄る。

「…それ、本気で言ってるのかい?」

問いに返る言葉が思ったよりもずっと真剣な響きであることに、臨也は小さく舌打ちした。
新羅の言葉は、思った以上に深刻なもので。
自分が今手を貸さなければあるいは…という可能性すらあるらしい。
なんでここまで煩わせてくれるのか。
そして、どうして自分はそれを切り捨ててしまえないのか。
今ここで見捨てれば、静雄を殺すという念願が間接的ながら叶うというのに。

「ああ、クソ。分かったよ。今から行く」

そう言って、通話を終えて。
臨也はもう一度、クソ、と吐き出すように舌打ちした。
















臨也は呼び出して程なく、新羅のマンションを訪れた。
いつもの雰囲気ではなく。冷たいような、澄んだような。そんな空気を纏う人狼は、ソファに座るように勧められるまでの間、始終無言だった。

「それで?」

そう言った、不機嫌そのものの臨也に。
新羅は困ったなぁと溜息をついた。
何から話せばいいのか。そもそも、静雄が倒れた原因が本当に臨也なのか。新羅にも図りかねているのだ。

「静雄は今は寝てるよ。…というか、昏睡に近い」
「昏睡?」

聞き返す臨也にうんと頷いて。
新羅は話を進める。

「倒れた直接の原因は…分かりやすく言えば栄養失調だ。多分ほとんどまともに食事をしていないだろうね」
「…吸血鬼ってのはそんなに食べなくても平気なものなのかい?」
「まさか!平気じゃないから倒れたんだよ。まあ人間や君たち人狼ほど頻繁に食事をする必要はないだろうけどね」
「一体どれくらい食べてないんだ」
「うーん…おそらく、君が血を与えて以降ずっと、かな?」

その言葉に、臨也は大きく目を見開いた。
そして、唸るように言う。

「…あれから一ヶ月以上経ってる。どういうことだ?血液パックは渡していたんだろう?」
「うん。この前臨也がいた時にあげたのが最後だけどね」
「………」

吸血鬼が血を飲めなくなれば、完全な不老不死というわけではない以上さすがの彼らもいずれは弱って死ぬ。
何を考えてるんだあの馬鹿は、と唸る臨也に。
新羅は溜息一つついて問う。

「ねぇ臨也。君は本当に静雄のことが嫌いなのかい?」
「当たり前だろ」

何を言い出すんだと言わんばかりの表情をする彼は、おそらく本気なのだろう。

「じゃあ、なんで君は」
「?」

言葉を切った新羅に首を傾げる臨也。
それを観察しながら、新羅は言った。

「君は何であの時静雄に血を与えたんだい?」
















新羅の問いは、臨也にとって意外なものだった。
予想もしていなかったと言ってもいい。
なぜ?と問われるほどのことをしたという意識は、彼にはなかったからだ。

「…何でと言われてもね…」

問いの真意を読みとれず、眉間に皺を寄せた臨也に。
新羅は真剣な顔をして言う。

「君は静雄に血を与えた時何を考えていた?」
「………」

その余りに真剣な声に臨也はわずかに戸惑い、そして、思い至った。
なるほど、そういうことなら自分が呼ばれたのも当然か。
そう納得し、臨也はふむと考える。

「確かに君が考える通りなら、シズちゃんの拒食…?の原因は俺ってことになるけどね…生憎、俺はあの時はシズちゃんをどうこうしようなんて思ってもいなかったはずだ」
「でも、現に静雄は血を飲めなくなっている。拒食と言うよりは拒絶反応と言ってもいいくらい酷い状態だ」
「…………」
「僕は君が自分の力を過小評価しているとは思っていない。君の力は強い。少なくとも混血の静雄よりはずっと」
「…………」

ほとんど睨みつけるように自分を見つめる闇医者に。
それを見つめ返しながら、臨也はたじろぐでもなく自身も真剣な表情で記憶を探っていた。
あの時自分は何を思ったのか。
それを考えながら、ゆっくりと目を伏せる。
何かを思ったつもりはなかった。
腹を減らした子供に少しだけ手を差し伸べた。その程度の感覚だった。

「…新羅、契約にはそれなりに強い思いが必要なんだよ」
だから俺には思い浮かばないんだけど、と言って。
臨也はこれは困ったなぁと首を振った。
















臨也の態度に新羅は小さくした打ちした。
この人狼の心に新羅が波紋を与えられたのはほんの数分だけで。
もう彼はすでに静雄について考えることを止めてしまっている。
静雄の回復には臨也の協力が不可欠なのだ。
決して友人思いというわけではない新羅だが、目の前で衰弱していく静雄をただ見ているだけというのは出来なかった。
…それに、静雄がもし死んだりしたらセルティが悲しむじゃないか。
ああクソ、とらしくもなく唸って。
新羅は臨也をまっすぐ見据えて、切り出した。

「臨也、しっかり聞いてくれ」
「…なんだい」

新羅の語調が変化したのに気づいたのだろう。
臨也は仕方ないと言わんばかりに息をついて、視線で先を促す。

「僕は君に貸しがあっただろう」
「…ああ」
「それを今返してくれ」
「…何をしろと?」

目を細めて、新羅を睨むように見据える狼。
ぞっとするような視線に晒されながら、新羅は一度深呼吸して、望みを口にした。

「考えてほしいんだ。君が何故、静雄を無意識に拘束しようとしたのかを」

その言葉に、臨也は大きく目を見開いて。
しばし新羅の真意を確かめるように探る視線を向けて。
それから、目を閉じる。
吐き出される息は深く、重く。

「分かった」

かつて神の遣いと崇められた狼は、低く重い声で、そう応じた。