恋する怪物 4
※シズ→イザ。2010年ハロウィンネタの続編。









真っ直ぐに見つめる臨也に。
静雄は困惑していた。

正直な話、静雄は臨也に告白した時、馬鹿にされるだけだと思っていたのだ。
なのに、実際は違った。
臨也は静雄の告白をからかうでもなく、本気で逃げを打った。静雄に会わないように細心の注意を払って、静雄の姿を見かけるとくるりと向きを変えて逃げ出して。
さらに、別に付き合おうとは考えていないと伝えれば、逆にどうしたいのかと訊かれる始末。
お前の方こそ何がしたいんだと訊きたいくらいだった。

「俺は…」

もし少しでも可能性があるなら、と思ってしまう。
でも、それは淡い夢、願望に過ぎない。
臨也は逃げた。それが臨也の答えなのだ。
だから、静雄は、

「手前に何かを望んだりしねぇよ」

そう答えるしかない。
無駄な期待はしたくなかった。

「ふぅん」

静雄の答えに臨也は目を眇めて、口の端を微かに吊り上げる。
諦めたような表情を隠しきれていない静雄の考えなど、臨也には手に取る様に分かっていた。

「…まぁ、君ならそういうかもね」

聞こえぬように小さく呟く。
臆病者。
そう、思った。
欲しいものに手を伸ばすことも出来ない臆病な男。
ああ、まったく愚かなことだ。
拒絶されるくらいなら拒絶するというその思考が臨也には理解できない。
ただ、やはり酷く不愉快だった。
だから。

「ねぇ、シズちゃん」

老獪な狼の本性が囁くままに。
臨也は静雄を傷つけるだろう言葉を吐き出すべく、口を開いた。
















「なら、俺と付き合ってみるかい?」
「……は?」

言われた言葉の意味がわからないとばかりに、静雄がその表情を間抜けなものに変える。
それを観察しながら、臨也は言葉を続けた。

「いや、最初は君とだけはないなと思ってたんだけどさぁ。そこまではっきり期待しないって言われると逆のことをしたくならない?っていうか、君の考え通りの行動を取る自分なんてムカつくし、何よりこれは君に対する立派な嫌がらせになる」
「…どういう意味だ」

付き合うことが嫌がらせだと言ったことは、静雄には理解できなかったのだろう。
まあ、それはそうだ。静雄は臨也が好きなのだから、好きな相手と付き合えること自体は嫌がらせにはならないだろう。
だけど。

「俺ははっきり言って君のことは殺したいくらい嫌いだ。付き合ったとしてもそれは変わらない。つまり、俺と付き合えば君は俺を見るたび、それを実感して気分が悪い思いをしたり落ち込むことになるわけだ。これ以上ないくらいの嫌がらせだろう?」

これなら、静雄にも分かるだろう。
そして、絶対に拒絶する。
それが分かっているからこその発言だった。

「………」

静雄の表情が苦しげに歪むのを眺めて。
臨也はにやりと笑う。

「さぁ、どうする?」
















「…さっきも言ったけどよ。手前と付き合う気はねぇよ」
今の聞いてますますゴメンだと思ったぜ。
そう言う静雄に、臨也はまあそれもそうだねと笑って頷く。

「ホント、何で手前みたいな野郎を好きになっちまったんだろな…」
「さあね。そんなの俺の知ったことじゃないよ」
「最悪だ」
「そうかい」

低く唸るように言った静雄に、そう答えて。
臨也は手を伸ばした。
つい苛立って苛めすぎてしまった。
反省はしないが、そう思う。

「シズちゃん」

警戒の色を強めた男の胸倉を掴んで、引き寄せて。
抵抗される前に触れるだけのキスを頬に送る。

「なっ!?」

びくりと跳ねて、臨也の手を払いのけて。
静雄は顔を真っ赤にして後ずさった。

「あはは、顔真っ赤だ」
「う、るせぇ!何しやがんだ手前!!」
「何って、キス?」
「っ」

臨也の言葉にますます赤くなる辺り、随分と純情というか…初心らしい。
眉を寄せて睨んでいるが、感情の高ぶりでわずかに潤んだ目ではいつもの迫力がない。
ああ、こういう顔は悪くないかも。
そんなことを無意識に考えて。そんな自分の思考に気がつかぬまま。
臨也は、やっぱりシズちゃんは臆病者だな、と密かに思ったのだった。
















優しい触れ合いが怖いとか、馬鹿みたいだ。
怒りに満たされていない静雄の気持ちなど、臨也には手にとるように分かる。
鼻のいい臨也には、相手の感情を発する匂いから判断できるのだ。
特に、恐怖はかなりはっきりと分かる。

「…恐怖と驚きと、羞恥かな」
あとは、少しだけ嬉しいらしい。そう複雑に入り混じる匂いを判断して。
臨也はふん、と鼻を鳴らした。

「ごめんごめん。遅くなっちゃって――ってどうしたの?」

ガチャリとドアを開けて。
顔を出した新羅が、そう聞くが、臨也も静雄も答えない。

「臨也、静雄を苛めてたんじゃないだろうね」
「失礼じゃないかい新羅。まあ、滅多にない機会だから苛めてたけど」
「君ね…」

呆れた顔で息を吐く新羅を無視して、臨也はその手から血液の入ったビニールパックを取り上げる。
そして、静雄に放り投げて――静雄が慌ててキャッチしたのを確認して、声をかけた。

「シズちゃん、またね」

エレベーターのボタンを押して、既に来ていたそれに乗り込んで。
閉まるドアの間から、臨也はひらりと静雄に手を振って見せた。
















折原臨也は、今まで誰か個人を好きになったことがなかった。
故に、好きという感情がどういうものか正しく理解してはいなかった。
だから、自分の中にある感情の根源が何なのか正しく理解できていないのだった。

「…ああ、クソ。なんだろ、すっごく不愉快だ」

提案を断られるのは想定の内。
むしろ断ってもらわなければ困るのは自分なのだ。
そう頭では理解できている。
なのに、もやもやとした気分がいまだに胸の奥にあって。
臨也はエレベーターの中で唸り声を上げた。

「なんなんだ。シズちゃんの癖に」

悪態をつく彼は、だが、やはり自分の本心に気づくことはなかったのだった。