恋する怪物 2
※シズ→イザ。2010年ハロウィンネタの続編。









「聞いてよ新羅!」

ドアを開けた途端、そう言って飛び込んできた臨也に。
新羅は心の底から迷惑そうな顔をした。

「…臨也。何があったのか知らないけど、僕はセルティ以外に抱きつかれても嬉しくないよ」

そう言う割りに、溜息一つついただけで引き剥がすのではなく背中を軽くぽんぽんと宥めるように叩く彼は、案外良いヤツなのかもしれない。
まあ、そんなことは臨也にはどうでもいいことだったが。

「そんなことより新羅!シズちゃんの頭がついにいかれちゃったんだよ!」
「…君ってホントに人の話聞かないよね…、で?静雄の頭がどうなったって言うんだい?」
「シズちゃんが俺のこと好きとか言うんだよ。どう考えてもどこかおかしいとしか思えないだろ?ああもうやだあの単細胞!新羅、お願いだからあの馬鹿の頭を開けて新品の脳みそと交換してやってよ!」

相当テンパっているらしい。
そう結論づけて、新羅は「とりあえず離れないかい」ともう一度控えめに提案するのだった。
















とりあえず、何とか離れてもらうことができた新羅は、臨也に落ちついて話そうと提案した。
そして、用意したコーヒーを口にしながら、臨也の言葉をゆっくりと吟味する。

「…静雄が君を好きか…まあ、あながちありえない話じゃないよね」
「はあ!?」
「だって考えてもみなよ?池袋に君が来ている時、静雄は君を無視すれば済む話なのに、いつもわざわざ探し出して追い掛け回すだろ?あれは無意識に君を求めてたのかもね!」
「…冗談でもそんな気色悪いこと言わないでよ」

ぞっとしたらしく嫌悪も顕わな表情で文句を言う臨也。
新羅は、それを見ておや?という表情をする。

「僕はてっきり君もそうなのかと思ってたんだけどね?」
「そんなわけないだろ…。大体、誰が好き好んであんな化け物相手にするんだよ」
「君はしてるだろ」
「…俺は別にそういうつもりじゃないし」

臨也はふいっと視線を逸らして不愉快そうに眉根を寄せる。

「ふうん。…まあ、君がどう思っていようとどうでもいいけどね」
「なら冗談でも言うな」
「はいはい、分かったよ。で、静雄が君を好きだって話だけどね」
「うん」
「たぶんそれ、静雄が自覚したのは君が彼をからかって誘惑した時だと思うよ」
「そんなことしてないし!」

新羅の口にした単語に、臨也は思わず怒鳴ったが。
新羅は、それに対して、いや…吸血鬼に血をあげようかっていうのは、充分誘惑だと思うんだけどなぁ…と呆れた視線を投げかけたのだった。
















「ま、諦めるんだね。僕は静雄は間違いなく本気だと思うし、そもそもどう考えても君が悪いし」
「俺は悪くない!」

叫んで、低く唸り声を上げる臨也に。
新羅は「そうかなぁ」と言うだけで、もうとり合う気はなかった。
そもそも静雄と臨也の関係がどうであろうと、どうでもいいことなのだ。しいて言えば、何かあるたびに相談(?)に来るのは止めてくれないか、とかその程度で。

「とにかくさ、僕はその件に関しては一切関わらない気だから――」

と、そこまで言った時、携帯が鳴った。
確認し、おや、と眉を跳ね上げる。

「静雄からだ」
「出るなよ」
「いやいや、なんで君に指図されなきゃいけないのさ。…やあ、静雄」
「…クソ」

ちっと舌打ちして、臨也はカップのコーヒーを飲み干し、立ち上がった。
どうやら帰る気らしい。

「うん。いや…そうだけどね」

新羅は携帯越しの静雄に頷いて。
それから、改めて臨也に目を向けた。
玄関ヘ向かおうとする彼に、小さく息を吐きつつ新羅は言う。

「臨也、今このマンションの前に静雄がいるってさ」















――冗談だろう?

それが臨也の正直な心情だった。
確かに池袋にいればかなりの確率で見つかるのだが、それにしても早すぎる。
新羅のマンションに直行し、かつ、それほど話していないというのに。

「何だか段々見つけるの早くなってないか…」

そう思ってしまう。

「臨也、今から行くから逃げんじゃねぇぞだって」
「いや、それ普通逃げるだろ」
「あはは、だよねぇ」

逃げるなと言われるような――精神的な意味は除くが――状況で逃げない人間はそういないだろう。
当然、臨也はさっさと逃げようと玄関へと足を進めた。
さて、と臨也は玄関を出たところで考える。普通に考えたらエレベーターを使うだろうが、フェイントで階段と言う可能性も捨てきれない。未だエレベーターが動く様子はないが、どうだろうか。

「臨也、忘れ物だよ」

ガチャリと玄関の戸が開いて、新羅が顔を覗かせて。
手招きされて手渡されたのは、携帯だ。ただし、臨也のものではない。

「新羅、一体どういう――」
『おいノミ蟲、逃げんじゃねぇって言ってんだろうが!!』

聞こえた声は、二重だった。
一つは新羅の携帯から。
もう一つは、後方から。
恐る恐る振り返った先。

「…げ」

階段を上ってきたらしい静雄が、臨也を睨みつけていた。


「忘れ物、ちゃんと持って帰ってね」
そう言った新羅の指す忘れ物がおそらく静雄を指すのだろうとか、そんなことは今の臨也にはどうでもいいことであった。















「…やあ、シズちゃん」

そう言うのが、精一杯だった。
階段の前には静雄、エレベーターは1階だ。
今の状況で臨也に逃げ場はない。

「手前、逃げんなっつーのに逃げ回りやがって」
「いや、逃げるだろ普通。…ねぇ、シズちゃんそろそろ冷静になって来ないかい?」
「あ?」
「考えてもみなよ?俺とシズちゃんは種族は違うし性別は同じだし性格も合わないし、もし――仮にだよ?本当に仮にだけど、付き合ったとして、何もいいことないよね?むしろ一緒にいる時間が増えたりしたら苛々が倍増しそうじゃない?」
「…かもな」
「だったら――」
「でもよぉ、それでも、俺が手前を好きなのは変わんねぇんだよ。別に、付き合えとか言ってんじゃねぇ。ただ、伝えときたかっただけだ。だから、とりあえずひとの顔見るなり逃げんのは止めろ」

真剣な顔で言われて、たじろぐ。
いや、今までだってシズちゃんの顔を見たら逃げ出してたんだけど、と言っても良かったが、言っていい雰囲気ではなさそうだ。

「…わかったよ」

結局、そう言って頷く。
途端に静雄がほっとした顔をして、臨也は過剰反応した自分が馬鹿らしくなった。
付き合えというのでなければあそこまで必死に逃げる理由もなかったなと溜息をつく。

「…ところでさぁ、君、さっきからそれすっごく気になるんだけど…」

それ、と臨也が指差した先には静雄の腹があり。

「そう言えば静雄、ここのところ来てなかったよね」

臨也の指摘と新羅の言葉に答えるように、ぐうと鳴った。