あるいは一つの可能性
※memoログ。猛獣シズイザと津軽×サイケな小ネタ連載。
新章突入。









◆あるいは一つの可能性 38


「あ、しんら!」

やけに明るい声で呼ばれて。
新羅はおやと振り返った。

「やあ、サイケ。今日は一人なのかい?」

そう言って辺りを見回すが、過保護な保護者(もちろん静雄だ)の姿は見えない。
さらに言えば津軽の姿もないようだ。
そんな新羅の様子に首を傾げてから、サイケはうんと頷いた。

「今日は臨也くんのお師匠様のところに行ってたから、津軽も静雄もいないよ?」
「…臨也の師匠?」
「うん!臨也くんがごしんじゅつの先生だって紹介してくれたの」
「へー…」

サイケの言葉に遠い目をして相槌を打つ。
サイケは嘘をつくような子ではないので、ほぼ100%臨也がそう説明したのは間違いないだろう。
だが、新羅は会ったことこそないが臨也の師匠が護身術の先生などでないと知っている。

――過保護は臨也もか…

わざわざ自らの師を紹介したのだ。過保護と言わずしてなんと言えばいいのだ。

「新羅はお仕事?」
「うん。仕事が終わったから、これからうちに帰るんだ」
「じゃあおれも行っていい?」

こてんと首を傾げて無邪気に、なんだがセルティにも会いたくなっちゃった、というサイケに。
これが他の相手なら速攻で断る新羅も、相好を崩していいよと頷いたのだった。



※一人でお出かけは解禁になった模様です。
















◆あるいは一つの可能性 39


「セルティ!」

おじゃまします、と挨拶して入ったサイケは、出迎えに来たセルティの姿を見つけ嬉しそうに声を上げた。

『よく来たな、元気だったか?』
「うん!おれもつがるも元気だよっ」
『そうか』

確かに元気そうだと頷き、セルティはサイケに先を越されて苦笑する新羅の方を向く。

「ただいまセルティ」
『おかえり』

挨拶を交わす二人に、サイケは「んー…」と不思議そうな顔をした。
そして。

「…しんらとセルティはおかえりなさいのちゅーしないの?」

………。
言われた言葉に、ぴしりと固まったセルティと、は?と呆けた新羅に。
サイケは首を傾げて重ねて問う。

「あれ?おかえりのちゅーってしんらたちはしない?…あのね、シズちゃんと臨也くんが時々してるんだけどね、おれもつがるとするの。大好きなひととするごあいさつだって、臨也くんは言ってたよ?」

…ソウデスカ。
遠い目をした新羅はにんまりと笑みを浮かべてそう教える臨也の姿を思い浮かべ、セルティはその臨也を殴るところまで想像を膨らませ握り拳を作った。
本当にろくなことを教えない男だ。
それが二人の感想だった。















◆あるいは一つの可能性 40


「ところでさ、サイケ」
「なぁに?」
「君、津軽のことが好きなのかい?」

新羅のその問いに。
サイケはきょとんとする。

「おれ、つがるのこと好きだよ?」
「あー…うん。そうだろうけど、そうじゃなくて…ええと」
「???」

新羅が何を言いたいか分からず、首を傾げるサイケ。
その姿に、たぶん分かってないんだろうなぁと思いながら、新羅は言葉を探した。
だが、なんと言えばいいものか。

『サイケの好きはどういう好きなんだ?』
「どういう好きって?」
『好きにも色々あるだろう?友達とか家族とか…あと、恋人とか』
「…おれ、つがるも臨也くんもシズちゃんも好きだよ?」

ああこれは意味が分かっていないな。そうセルティも確信する。
情緒が未発達のサイケは、たぶん、キスをする意味など理解していないのだろう。…まあ、日本はともかくとしてキスが挨拶な国もあるのだから問題はないのかもしれないが。
だが、ここは日本だ。保護者がそういう方面に興味がないのははっきりしているので、ここは自分がしっかり教えねばとセルティも新羅も決意した。

『よく聞いてくれ、サイケ』
「うん」
『好きには色々種類があるんだ』
「いろいろ?」
『そうだ。…さっきサイケが言ったおかえりの…キスは、その中でも特別に好きな相手にしかしちゃダメなんだ』
「…………?」

セルティの言葉に首を傾げて。
サイケはゆっくり言われたことを考える。

「サイケ、君にとって津軽は特別に好きな相手なのかい?」
「…特別、っていわれても…おれ、わからない」
「うん。そうだよね。だから――」

わかるまでキスはしないようにしようね、とそう続けようとした新羅だったが。
その前にサイケがうるりと目を潤ませてしまった。

「…おれ、つがるのこと、好き、じゃないの…?」

か細い呟きに新羅もセルティも大いに慌てる。
そうじゃなくてね!とかこの馬鹿!泣かせてどうするんだ!とか。
騒ぐ彼らの姿は、残念ながら初めてぶつかった難問に悩み込むサイケの目には入っていなかった。















◆あるいは一つの可能性 41


「臨也」

声をかけられ、臨也は顔を上げた。

「どうかした?」

そう訊けば。
しばらく逡巡してから津軽は情けなく眉を下げて答える。

「サイケが、俺を避けている気がする」
「はい?」
「挨拶はしてくれたが、そのあとずっと部屋に篭っていて…」
「………」

篭る?サイケが?
どういうことだと首を傾げ、臨也は「そう」とだけ答えた。

「…臨也、あの、できれば…」
「ああはいはい。話、聞いてきて欲しいっていうんでしょ?」
「……ああ」
「いいよ」
「ありがとう」

臨也の言葉に、ほっとしたような顔をする津軽。
それを眺めながら、臨也はなんか面倒なことになりそうだなぁと思ったのだった。



※自分が意図しない面倒事は嫌いな臨也さん。















◆あるいは一つの可能性 42


「サイケ、ちょっといいかな?」

そう言いながらノックをしたら。
さほど待たず、ドアを小さく開けてサイケが顔を覗かせた。
しかし、随分と消沈しているようだ。

「入っていいかい?」
「…うん」

中に入ってドアを閉めて。
サイケがしゃがみ込んだ、その横に座る。

「津軽が、君が元気がないって心配してたよ?」
「………ごめんなさい」
「いや…謝る必要ないし、別に俺は構わないんだけどさ」

うるりと瞳を潤ませたサイケに、臨也は溜息をつく。

「俺に何か相談したいこと、あるかい?」
「…あのね…おれも、よくわかってないんだけど、聞いてくれる?」
おずおずとそう口にするサイケに。

「うん。いいよ」

くしゃりと頭を撫でてやって。
臨也はその素直さに、やっぱり俺と同じだけど違うイキモノだなサイケは、と苦笑したのだった。















◆あるいは一つの可能性 43


「あのね、おれね、つがるも臨也くんもシズちゃんも、みんな好きなの」
「うん」
「でもね、特別じゃないと、だめなんだって」
「?…何が特別じゃないとダメなのかな?」

サイケの潤んだ目がさらに濡れる。もはや決壊寸前だと言ってもいい。
それを見て拭くものあったかなぁとどこか他人事のように考えつつ、臨也は先を促した。

「特別な、好きじゃないと、ちゅーしちゃだめだって、しんらが、いったの」
「…ああ、そういうこと」
「臨也くん、おれ、特別な好きってよくわからないから、だめ…?」
「うーん…ダメかどうかは、人によるって言うか…。そうだな…ねぇサイケ、サイケは俺と新羅とどっちが好き?」
「臨也くん」
「うん。じゃあ、シズちゃんと新羅なら?」
「シズちゃん」
「じゃあ、俺と津軽なら?」
「……臨也くんとつがるは、くらべるのは、ちがうと思う」

困ったように眉を寄せたサイケに。
臨也は懐かしいなぁと思って、笑う。
自分もぶち当たった壁だ。臨也にとって静雄は唯一の存在だが、昔はその『好き』が曖昧だった。――尤も、自分は静雄だけが特別だという自覚はしていたのだが。

「どう違うのかな?」
「臨也くんも津軽も好きだけど、津軽は、おれのたったひとりのひとだから」
「うん、そうだね。だから、それが特別ってことだ」
「…とくべつ」

納得がいかないのか、眉間の皺が深くなる。どうやら、他にも何か言われたらしい。

「あのね、しんらとセルティがね、ちゅーは特別に好きなこいびととするんだって言ってたの」
「あー…うん。まあ、日本じゃそれが一般的かもね」
「こいびとって、おれ、よくわからない。おれとつがるは家族だよね?」
「うん」
「じゃあ、こいびとってなにかな?臨也くんとシズちゃんは家族なだけどこいびとなの?」

どう答えるべきかなぁ。
臨也はふむ、と考える。
少なくとも、サイケは臨也と違い『好き』という感情から逃げる気はないらしい。

――俺は思いっきり逃げたもんなぁ…

高校の時と、それから、静雄への気持ちが恋だと知った時に。
臨也は逃げた。答えを得る、その為に。

「サイケ、まずは恋がなにか、考えるところから始めてみようか?」

どうなることやら、と愉しげに傍観者の笑みを浮かべて。
臨也はそれでも助言だけは与えてやろうと、サイケの悩みに付き合うことにした。



※臨也さんがやたら新羅を比較に出したのは「余計なこと言いやがって」と思った腹いせです。