あるいは一つの可能性
※memoログ。猛獣シズイザと津軽×サイケな小ネタ連載。
とりあえず一区切りです。









◆あるいはひとつの可能性 32


「…このノミ蟲が、こんな時までへらへら笑ってんじゃねぇ!」

そう怒鳴った静雄に、臨也は一瞬目を丸くして。
それから「怒鳴られちゃったー」と静雄の後ろのサイケと津軽に笑う。

「臨也くん大丈夫!?」
「うん、俺は平気だよー。サイケはケガしてないね?」
「俺は大丈夫だよっ。大丈夫じゃないのは臨也くんだけ!」

臨也に駆け寄ってぎゅうっと抱きつくサイケを見ながら、津軽は溜息をついた。
確かに、今ここにいる者の中で大丈夫でないのは臨也だけである。

「静雄、とにかく臨也は早く新羅に見せたほうがいい」
「ああ、わかってる」

そんな会話を交わして静雄と一緒に臨也に近づくと。
赤い瞳が僅かに眇められたのが見えた。

「津軽、ケガしたのかい?」
「……」
「えっ!?つがるケガしたの!?どこがいたいのっ!?」
「…大したケガじゃない」

そう。別に大したケガではない。ただ慣れない使われ方をした筋肉と骨が痛いだけだ。
首を振って大丈夫だと答えるが、三人の心配そうな視線は変わらない。
困って、別の話題を臨也に振る。

「臨也、お前はここで何してたんだ?」
「…へぇ、そう来るかい」

くつくつ笑う到底怪我人に見えない相手に、津軽は話を振る相手を間違えたことを悟ったが、すでに後の祭りであった。
















◆あるいはひとつの可能性 33


「ああ、そういや手前こんなとこで何やってやがるんだ?」

静雄にそうも問われて、臨也は面倒だなぁと溜息をついた。
基本的には臨也もサイケと津軽を助けに来たことに変わりはない。ただ、別の目的もあったというだけだ。

「別にいいだろ。それより今回の黒幕を捕まえて締め上げないと、また同じようなことが起こるかもよ?」
「…ここにいるのか?」
「ん、さっき逃げてっちゃったけどね」

今頃はもう粟楠会に捕まっているかもしれないが。
そう思いつつ身体を起こそうとして、

「っと、おい大丈夫か?」
「あー…ちょっと、貧血…?っぽい」

ふらりと傾いだ身体を支えた静雄が溜息をつく。

「臨也くん早くびょういん行かないとっ」

うるうるした目で訴えるサイケの頭を撫でて。
臨也は大丈夫だよと笑って見せた。

「これくらいじゃ死なないし、平気だよ」
「でも、でもっ」
「静雄、はやく運んだほうがいい」
「…わかった」

津軽の言葉にこくりと頷いて臨也を横抱き――所謂お姫様抱っこというやつだ――にする静雄に慌てる。
下ろせと叫んでじたばたと足掻く。

「いや、あのさ君たち、そんな心配しないでもちょっと休めば自分で歩けるよっ」
「うそっ」「嘘をつくな」

一瞬の間すら空けずに嘘と断定された。

「…臨也、俺とサイケにはわかるんだ」

お前の状態が、と言われて。
臨也は「は?」と首を傾げた。















◆あるいはひとつの可能性 34


津軽の言葉に目を丸くして。
臨也は首を傾げた。

「わかるってどういうこと?」
「俺たちだってプログラムくらい組める」
「だからね、臨也くんとシズちゃんのばいお…なんだっけ…とにかく、そういうのわかるようにしたの!」
「…は?」
「臨也くんもシズちゃんもいつもちゃんと携帯もってるでしょ?だからそれも改造して俺たちとつなげたんだよっ」
「…いや、普通無理でしょ、それ」

携帯のような小型のもので生体の状態をスキャンできるようになるはずがない。
そう言いたかったのが伝わったのだろう。津軽が、

「新羅にも協力してもらった」

そう言った。

「体温とか心音の変化くらいはそれでわかるようになったんだが、さすがにまだそれ以上は無理だった」
「…ああ、そう」

かってにやってごめんさない、と謝って。サイケは臨也の手を握る。もともと低い体温が出血によってさらに低くなっているのが、触られた手の温度でわかった。

「臨也くんもシズちゃんもすぐ危険なことばっかりするから、心配だったの」
「あーもう、わかったよ。いいよ、許す」
「臨也くん大好き!」
「はいはい」

溜息をついて脱力した臨也に、今まで黙っていた静雄がようやく口を開く。

「よくわかんねぇけどよ。つまりこいつは今けっこうヤバイってことでいいのか?」
「そうだった!はやくびょういん!!」
「はは、そうだね。お腹に穴が開いたままだから、あんまり良くはないかなぁ」

それを早く言え!と怒鳴られて。
臨也は君と違って俺は銃で撃たれたら普通にダメージがあるんだよ、と呟いた。



※バイオなんたらへのつっこみはご遠慮ください…。(←深く考えてない)















◆あるいはひとつの可能性 35


それから、臨也の指示ですんなり建物から脱出した彼らは、そのまま新羅のマンションに駆け込んだ。

「やあ臨也、撃たれたんだってね」
「……なんで知ってるの」
「粟楠会の四木さんから連絡があったよ。いや、医者なら適当な理由付けてしばらく大人しくさせておけなんて言われても困るよねぇ」
「………」

聞かされた言葉にぶすっとした顔で黙り込んだ臨也を新羅に預けて。
静雄はやっと一息ついてソファに座る。

『大変だったな』
「あー…主に臨也のせいでな。あいつが最初から防いでおけば何も起きなかっただろうによ。…まあ臨也だからしょうがねぇけど」
『…まあ、臨也だからな』
「せるてぃ!」
『ああ、お前たちも大丈夫だったか?』
「うん!おれは元気だよっ。あ、でもつがるはちょっと元気じゃないの」
『ケガをしたのか?だったら新羅に――』
「いや、大したことはない。あとで見てもらうから気にしないでくれ」
『そうか?痛かったらちゃんと言わないとダメだぞ?臨也なんかあと1、2時間放っておいても死にやしないに決まってるんだからな』
「「「…………」」」

セルティのその言葉に。
確かにそうかも、と思ってしまった3人だった。










「君ねぇ、自分が肉体的には普通だってこと、ちゃんと分かってる?」
「わかってるさ」

自分の腹から取り出された銃弾を手にとって眺める臨也に、新羅は遊んでないで腕を出す!と文句を言った。

「なにするのさ」
「点滴」
「ふぅん」

差し出された手に――当たり前だが――慣れた手つきで針を刺してから。
縫合した傷の上にガーゼを貼り付け包帯を巻いていく。

「ねぇ新羅」
「なんだい」
「君は今回の件、どこまで知ってる?」
「憶測の範囲も含めるならだけど、君が粟楠会を利用して今回の騒ぎを大きくしたことは知ってるよ」
「へえ」
「君の目的はさ、みせしめだろう?…君はあの二人を守る効率のいい方法を考えていた。そこに、サイケたちを誘拐する計画を立てた男が現れて、しかも男は君が元々粟楠会から受けてた情報流出の件の調査対象だった。君がそれを利用しないはずがない」 「………」
「で、粟楠会の情報を盾に君を牽制しようとした男を生贄に選んだ。…正直、粟楠会と『君たち』の関係を考えれば無謀もいいところだけどね。君はサイケと津軽をわざと攫わせたんだろう?攫った相手がどんな目にあうかを知らしめるにはそれが手っ取り早いし、まあ、手を出してくる人間はほぼいなくなるだろうね。君らしい厭らしい手だ」

違うかい?と問えば、臨也はくっと喉を震わせる。
にやりと笑って心底楽しげな表情で頷く。

「大方間違ってないよ。95点ってところかな」
「おや、じゃああとの5点はなんなんだい?」
「さあね、教えないよ。全部種明かししてしまったら、面白くないだろう?」
「……ホント、君って性格最悪だね。反吐が出るよ」

俺もそう思う。と言って。
臨也は新羅にまっすぐ視線を向けた。
楽しそうに細められた目の奥。そこに思わぬ真剣な色を見つけ出して、苦笑する。
今回の件は、臨也がサイケたちを思ってしたことに違いはない。
非常に傍迷惑な男だが、まあ特別な愛情を注ぐ相手にはこれで案外甘いのだ。だから多分大丈夫。
そう思って文句を言うのはやめておくことにした。そして。
とにかくこれで一件落着だよと笑う猛獣に、新羅はやれやれと溜息をついたのだった。















◆あるいはひとつの可能性 36


「ただいま〜」
「ただいま」
「…なんか皆でただいまってのも変な感じだねぇ」
「素直にただいまも言えねぇのか手前は」

新羅のマンションから帰ってきて。
各々定位置に座った3人を横目に、臨也はパソコンの電源を入れた。

「臨也くんおしごとしちゃダメだよ!」
「手前、安静って言われてただろうが」
「はいはい、メールだけ見たら止めるから騒がないの」

サイケと静雄からの小言は適当に流して、臨也はメールをチェックする。
予定通りに事が運んだ旨が記されたメールをざっと読んで、満足げに笑む。
報復は速やかに確実に。
あとは、直接の報復と、それとなく噂を流すだけだ。

「我ながら上出来かな」

腹の傷は失態と言えなくないが、まあ誤差の範囲内だ。
よって、作戦は成功だと言っていい。

「シズちゃんコーヒー淹れてよ」
「あ?…おう、わかった。待ってろ」
「はーい」

臨也の要求に仕方ねぇな、と静雄がキッチンへ向かった。
パソコンを閉じて、臨也はサイケたちに首を巡らせる。

「あーあ…寝るなら寝るでベッドに行けばいいのに」

寄り添うようにソファで眠るサイケと津軽に。
臨也は困った子だね、と苦笑した。
つい数時間前までの騒ぎが嘘のように、二人は幸せそうに眠っていて。
静雄がいるキッチンから漂い始めたコーヒーの香りに目を細める。
悪くない。
臨也はそう思って満足そうに頷いた。
そして、

「ま、やっぱり平和が一番ってことなんだろうね」

と。
彼と最も似合わない台詞を呟いたのだった。















◆あるいはひとつの可能性 37(あるいは蛇足)


臨也はサイケを見た瞬間に、ひとつの可能性を確かめたいと考えた。
己と同じ遺伝子を持つ、己とは違う感覚を持った生き物。
ずっと昔に考えたことが、そのひとつの可能性の答えが、ひょっとしたら導き出せるのではないかと、そう考えたのだ。

素直な自分と怒りにくい静雄。
現実の自分たちではありえないこと。
それが実体化したような二人が出会ったとして、彼らがどのような関係を築くのか。
単純な興味から、手を伸ばした。

惹かれあうのか、興味を持たないのか。
惹かれたとすれば、それはどの程度であるのか。

だが予想以上にあっさり出た、予想通りの結論に。
臨也は小さく嘆息し、やっぱりか、と呟いただけだった。

良かれ悪しかれ、折原臨也と平和島静雄は互いを無視することができないのだ。
それを確認して、臨也の中での実験は一応終了した。


「まあ、そんなものかもね」

心底嫌おうが好こうが、切っても切れない奇妙な関係。
二人が出会う限りにおいてはそうなるのだろう。

「臨也くんどうしたの?」
「なんだ?」
「なんでもないよ」

不思議そうな顔をするサイケと津軽に首を振って。
臨也はくすくすと笑った。

臨也が彼ら二人に望んだのは、自分たちの意思で変わっていくこと、それだけだ。
だから、彼らがこれから導き出すものがなんであれ、それはこれからも臨也を愉しませてくれるだろう。
素直で優しくて無邪気な自分(サイケ)と、穏やかで感情的にならない静雄(津軽)。
この二人の関係は、どこか成長過程でなにかが違えばありえたかもしれない自分たちだと言えなくもない。
彼らは紛れもなく、あり得たかもしれないひとつの可能性だったに違いないのだ。

「俺が素直とか、正直気持ち悪いだけだと思ったんだけどね」

ほのぼのとした空気をつくる二人にやれやれと溜息をついて。

「まあ、そう悪くはないか」

そう小さく笑って呟いて。
臨也は仕事を再開すべくパソコンに視線を戻した。




誘拐編と長すぎる前置きはここまでで終わりです。本当に長かった…。
お付き合い下さった方ありがとうございます。(いるのか…?)
次からは津軽×サイケな話が中心になっていくはずです(はずって…)。