あるいは一つの可能性
※memoログ。猛獣シズイザと津軽×サイケな小ネタ連載。
まだまだ続きます。









◆あるいはひとつの可能性 17


「それじゃ、預かるね」
「よろしく」

そう言って、臨也が新羅の家にサイケと津軽を送り届けて帰った後。彼らはネブラ製薬の研究所に連れていかれた。





そしてさらに数時間後。

「つがる!」

ぎゅうっと抱きついてきたサイケに、津軽は内心ほっとしていた。
来る途中からずっと怯えの色を隠せない様子で心配だったが、この様子なら問題なさそうだ。

「つがるももう終わり?」
「ああ」
「ならおうち帰れるね!」
「そうだな」

頷いて、新羅の迎えを待つためにどこかで休ませてもらおうと思った、その時。

「一緒に来てもらおうか」

後ろから押しつけられた硬い感触。
ビクリと竦んだサイケが「拳銃…?」と小さく呟く。

「つがる…」
「大丈夫だ」
「…でも」

ふるふると震えだしたサイケを抱きしめて。
津軽はこの状況から逃れる方法を必死で考えた。
だが、静雄とは違いなんの特殊能力も持たない津軽は、サイケを確実に守るための策を思いつくことができなかった。



※繋ぎの話。
















◆あるいはひとつの可能性 18


津軽と二人で連れて行かれた場所が何処かなど、サイケには知りようがなかった。
頭の中はパニック状態で助けを呼ぶということさえ思い浮かばない状態で。息を詰めて怯えるサイケはただ津軽にしがみついているだけだった。
だが、事態は思わぬ――そしてある人物にとっては予想通りの――方向へ動き出すことになる。

「つがるっ」
「くそっ離せ!」

車で連れていかれた先、そこで二人が別々の場所へ連れていかれそうになった時。
それは起こった。

「ッ」

どくん、とサイケの頭の中で鼓動に似た音が一度高く響く。
それが合図だった。
ぷつり、と何かが切れる感覚。
サイケの手は自然にコートのポケットに滑り込み――

「ッ!?」
「なっ!?おいっ確認してなかったのか!?」
「まさかこいつらが武器持ってるなんて思わねぇだろうが!」

取り出されたナイフの一閃に、サイケにとっての『敵』が慌てふためく。
サイケは津軽と引き離されたくなかった。
引き離されることに強い焦燥を覚えたことが、サイケの中のプログラムを起動させる引き金だった。

「つがる、逃げよう」
「サイケお前…」
「逃げよう」

手を引いて走り出そうとして、だがそれは銃口を向けられたことで阻まれた。

「どいてください。おれたちはうちに帰ります」
「そう言われて素直に退くと思うのか?」
「思いません。だから、じゃまをするなら、実力行使、します」
「サイケ?」

どこか不安そうな津軽の声を聞きながら。
サイケは頭の中に流れるプログラムに従って、ゆっくり戦闘態勢をとった。









「ああ、やっぱり動いたか」

くつりと笑って、臨也は携帯を取り出す。
サイケがあるプログラムを起動した場合にのみ発信されるようにしておいた信号。
それを受け取った携帯を机の上に置き、鳴り出したもう一つの携帯を手に取る。
発信者は新羅だ。

「やあ新羅」
『ごめん臨也!サイケたちが連れ去られたみたいなんだ!』
「知ってるよ」
『知ってるって、君まさかっ』
「失礼だな。俺は何もしてないよ。ただサイケのプログラムが動き出したから分かっただけ」

ムッとして言えば、電話越しの相手は怪訝そうな声を出した。

『…プログラム?』
「うん。二つ仕込んだうちの一つ。保険の方だったのがちょっと問題だけど」

低く笑って臨也はパソコンを操作する。
映し出された地図を眺め、小さく溜息までついて。
彼は至極普通の声音で告げた。

「大丈夫だよ、新羅。津軽がいれば暴走の危険はないはずだから」

それですべてを察したのだろう。
悲鳴じみた叫びが電話越しに響くのを聞きながら。
臨也は「問題はサイケが俺たちに連絡するのを覚えてるかだよねぇ」と呟いた。



※必死になるあまり暴走気味なサイケと戸惑う津軽、そしてどこまでも黒幕体質の臨也さん。















◆あるいはひとつの可能性 19


「どいてください。俺たちはうちに帰ります」
「そう言われて素直に退くと思うのか?」
「思いません。だから、じゃまをするなら、実力行使、します」

酷く、違和感があった。
少なくとも津軽はそう感じた。

「サイケ?」

問いかけるように口にした名にも、サイケは視線を寄越さない。
ゆっくりした動作で構える、その姿に見覚えがあった。

「…臨也、か?」

一度だけ出かけた先で見た、臨也と静雄の喧嘩。
本気で殺し合っているとしか思えないそれの中で、臨也がほんの一瞬見せた動きと同じだった。

「捕まえろッ」

複数の人間に襲われても、サイケは動じない。
臨也のように口元に笑みを受けべることはないが、ただ当たり前のことのように迫ってくる人間に攻撃を仕掛けるだけだ。
サイケがサイケでなくなるような錯覚。まるで臨也を見ているような錯覚に津軽はどうしようもない焦燥を覚えた。
津軽は今のサイケが好きなのだ。少なくとも臨也と同じ方向に変わってほしくなどない。
と、男の一人がサイケの背後から攻撃を仕掛けようとしていて――

「っ」

ほとんど反射的に、津軽はその男に殴りかかっていた。
相手を力任せに殴り飛ばして、軋むような痛みに顔をしかめる。

「つがる!?」

吹き飛んだ男に一瞬ビクリとして。
サイケが慌てて振り返る。
その表情に先程までの違和感はない。いつものサイケだった。

「つがる大丈夫!?」
「…大丈夫だ」

男たちをナイフで威嚇しながら駆け寄ってきたサイケにほっとしつつも、怒りはまだ収まりそうになかった。
津軽の感情、特に怒りの沸点は低い。サイケに関することでなければ、怒るなどまずあり得ないほどに。


「…くそ、そういうことか」

納得する。
今、津軽の頭の中に流れるプログラムが、サイケと自分の異変の理由を教えてくれていた。


臨也が二人の中に組み込んだプログラム。
自己防衛のためのはずのそれは、その役割とは真逆の発動条件が設定されていた。
サイケの場合は津軽へ向かう感情が一定の数値を越えた時に。
津軽の場合は、怒りを爆発させた瞬間に。
つまり、お互いがいなければ発動しないようになっていた。


「…やっぱり性格悪いな、あいつ」

どうせ今頃は事務所かどこかでひとり楽しげに笑んでいるのだろう男に帰ったら文句の一つでも言ってやろうと決めて。
津軽は今は怒りの感情をすべて『敵』に向けることにした。



※今はこの状況を切り抜けるのが先決。

津軽は臨也が嫌いなわけじゃありません。
ただ性格が悪い奴だと思っているだけです。















◆あるいはひとつの可能性 20


「…やっぱり性格悪いな、あいつ」

ぽつりと呟いた津軽に、サイケは目を瞬かせた。
誰のことを言っているのかと考えて、ああ、と思い至る。
別にサイケだって馬鹿ではない。臨也が組んだプログラムが相当にひねくれていることくらい知っていた。

「あ、そうだった。臨也くんに連絡っ」

ようやく少し冷静になった頭が臨也の言葉を再生させて。
サイケはもう一つのプログラムを起動させる。
かすかに発信音。無事に起動したことを確認して息を吐いた。

「これで、たぶん大丈夫」

臨也が保険としてインストールしたプログラムはまだ働いている。
たぶん大丈夫だ、と判断して。
サイケはナイフを構え直した。
隣の津軽も一見ただ立っているだけに見えるが、ピリピリとした怒気を発して臨戦態勢にあることは分かる。
見覚えのある姿にサイケは僅かに首を傾げて。

「あ」

と小さく声を漏らした。
今の津軽は臨也と喧嘩している時の静雄にそっくりだったのだ。
つまり、臨也はサイケには自分の戦闘パターンを、津軽には静雄の戦闘パターンを、それぞれ組み込んでいたわけだ。

「…臨也くんらしいなぁ」

そう呟いて、サイケは向かってくる敵にナイフを一閃した。



※順応性は津軽よりサイケのが高いです。















◆あるいはひとつの可能性 21


「臨也!」

がんっと盛大な音を立てて玄関の扉が吹き飛ばされる。

「やあシズちゃん。これで通算何回目だっけここのドアを壊すの?」
「うるせぇ!んなことよりこれ何だよ!?」
「うん。見たまんま、サイケからのエマージェンシーコール」

にこやかに言われてさらに頭に血が上りかけるが、静雄は深呼吸してそれを抑え込んだ。
さっきよりは静かになった声で問う。

「何が起きてる?」
「サイケたちが浚われたみたいだよ。それはサイケからの信号を君の携帯でも受け取れるようにしておいただけ」
「…っ、ならすぐ助けにいかねぇとっ」
「うーん…そうだね。そろそろ行ったほうがいいかなぁ」

どこかのんびりとした口調の臨也に、静雄は不審気な顔をした。

「ちょっと待て。手前まさかもっと前から知ってたのか?」
「そりゃ、少なくとも君がわざわざ池袋から新宿に来る間ここで待ってたわけだしね。電話すればいいのに」
「…動転してたんだよ」
「ふうん」
「ずいぶん落ち着いてるじゃねぇか」

そうかい、と呟いて視線をパソコンに戻すと、苛立った声。

「そりゃ、保険が発動しちゃった以上急いでも仕方ないしね」
「保険…?」
「そう。君と俺の戦闘パターンをプログラム化して二人にインストールしてあったんだ。強いて心配するとしたら、やりすぎてなきゃいいなぁってくらいかな?」
「……」

ぽかんと間抜けな顔を晒した静雄を笑って、臨也はそこでようやく行動を起こす素振りを見せた。
パソコンの電源を落とし、机の上に放置されていた携帯を手に取る。

「でも保険は保険だ。あの二人は俺たちと違って鍛えてるわけじゃないから明日からしばらく入院だね」
「…手前、あとで一発殴らせろ」
「あははっ、嫌だよ!」

一瞬拳を握った静雄だったが、今はサイケたちが心配だったのか手を下ろして行くぞと促してきて。
それに「はいはい」と返事して、臨也はようやく腰を上げた。



※じゃあ、反撃を開始しようか。















◆あるいはひとつの可能性 舞台裏1


「ねぇ臨也、君一体どういうつもりなんだい?」
『どうって何が?』

にやにや電話越しに笑っているだろう相手に、新羅は苛立ちを隠さぬまま問う。

「サイケたちにインストールしたプログラムと、後は、わざと攫われるのを見過ごしたことだよ」
『別にわざとじゃないよ?いつ動くかわからないから少し様子を見てただけで』
「…君は、サイケたちを可愛がっていると思っていたんだけどね」
『うん。可愛がってはいるよ?』
「じゃあなんで――」
『確かめたいのさ。津軽はシズちゃんとよく似てる。でも、サイケと俺は少なくとも表面上はかなり違うよね?』
「……」
『もし、危機的状況に陥った時、サイケがどんな行動に出るのか。あるいは何を危機的状況と判断するのか。興味深いと思わないかい?』

くつくつと笑う声が聞こえて、新羅はうんざりした。
やはりこの友人の性格は最悪だ。反吐が出る。

『二人に組み込んだプログラムは基本的には自己防衛用だよ。ただ、その発動条件がちょっと特殊なだけ』
「発動条件は、」
『津軽は“怒り”、サイケは“危機的状況”。二人にはサイケの発動条件は“津軽への感情が一定の数値を超えた場合”だと認識させているけどね』
「なんでか訊いてもいいかな」
『そのほうが面白いことになりそうだから』

やはり性格は最悪だ。

「ねぇ臨也、僕は君が人間以外に興味を持つとは思わなかったから彼らを預けたんだけど?」
『知ってる。…でもさ、新羅』
「なに?」
『俺は、あの子達は充分人間だと思うよ?…だから』

一呼吸の間を置いて。

『あの子達はもう返してあげないよ』

低く心底楽しげに、歌うように言い切った“怪物”に。
新羅は「そう」と呟いた。

「…君、本当に二人が大事だったんだね」
『何をいまさら!大事じゃなきゃわざわざ契約を持ち出したりなんかしないよ?俺たちは』
「そうだね」

そうだった。失念していたよ。
呟いて、溜息をつく。
どうやらあの二人は静雄に向けているような、そんな厄介な愛を注がれる対象になってしまったらしい。
新羅は、これはもう回収は無理だろうねと思い、研究所に二人が戻されないことに少し安心した。
研究対象である彼らが研究所に戻されれば決して幸せにはなれないだろうから。
だったらまだ、臨也の元にいる方がいくらかは幸せだろう…たぶん。

「…あまり苛めると嫌われるよ?」
『苛めてないよ、愛してるだけ』

君の愛は、人類愛でもそうでなくても性質が悪いんだよ。
そう思って溜息をついて。
新羅は臨也に歪んだ愛を注がれる憐れな二人の無事を祈ることにした。















◆あるいはひとつの可能性 22


「じゃあ、シズちゃんは先に真正面から乗り込んでね」
「あ?手前はどうすんだよ?」
「俺はシズちゃんにはできない工作をするの」
「………」
「あ、今またろくでもないあくどいことしようとしてるんだろって思ったでしょ?そうでしょ?ひっどいシズちゃん!俺は俺だからできる最善のことをしようとしてるのに!」
「…うぜぇわかった好きにしろ任せる」
「その言い方気にいらないなぁ」

子供のように拗ねる男に付き合っていては日が暮れる。
そう判断し、静雄はさっさと歩き出した。
目的地はすでに教えられているので問題はない。

「ねぇねぇシズちゃん」
「…なんだ」
「俺、新羅にサイケたち返さないって啖呵切っちゃった」
「…あー、あいつらって帰さないとまずいのか?」
「ん、本当は預かっただけだからね。でもさ、俺はもう帰さないって決めたから」

きっぱり言い切って、いいよねと訊く臨也がすでに決めているなら、それはもう静雄には覆しようがないことだ。
事後承諾かよと思うが、二人を帰さないことに異論はない。
静雄にとってもあの二人はもう家族同然だった。

「…そこまで大事にしてるならよ」
「うん?」
「もう少し…ああいい、なんでもねぇ」

無駄だ、と口を噤む。
臨也の愛がとことん歪みきっていることは自分が一番よく知っている。
まあ、こいつに愛されたのが運の尽きだと思ってくれ。
静雄は首を振って、じゃあ首尾良くやれよ、と臨也に声をかけた。



※すでに臨也の性格矯正は不可能だと諦めてる静雄さん。















◆あるいはひとつの可能性 23


「…しつこいな」
「うん」

何とか追跡を振り切ったサイケたちだったが、いまだ建物から逃げ出すことには成功していなかった。
監視カメラの死角に潜り込んで息を整える。

「つがる、大丈夫?」
「ん?ああ、大丈夫。折れてないみたいだ」
「良かった…」

でもあまり無理はさせたくないな、とサイケは脱出経路を考えながら思う。
静雄と違って鍛えられていない津軽は怒りで怪力を発揮した場合、骨折の危険がある。それを、知識として教えられているサイケとしては無理はさせたくなかった。

「俺が、なんとかしないと」

ぐっと、右手のナイフを強く握る。
なんとかこの建物から逃げ出すか、あるいは臨也たちが到着するまでしのぐか。
どちらにせよ、サイケは己の持てる全力を尽くすと決めていた。

「つがる」
「どうした?」
「俺ね、つがるが大好きだよ」
「…サイケ?」

だから絶対守るから、と心の中で呟いて。
サイケは「行こう」と津軽を促した。















◆あるいはひとつの可能性 24


「ひぃっ」

ガタガタと震える腰を抜かした男を睨みつけ、静雄は唸る。
正面玄関から臨也に言われるまま馬鹿正直に乗り込んだ彼は、なかなか見つからないサイケたちに苛立ちが募っていた。

「だからよぉ、手前らが連れてった俺と同じ顔した奴ともう一人はどこにいるんだって聞いてんだよ」
「し、しらな」
「だったら手前に用はねぇ」

もはや向かってくる気力もない男は無視して、ちっと舌打ちしてさらに奥に進むことにする。
しかし、

「どこも似たような感じだな…」

まるで病院か何かみてぇだなと考える。
だが、臨也曰く動物的な勘の持ち主である静雄は自分が迷う可能性は考えていなかった。

「どこにいるんだあいつら」

臨也に対するものほどはっきりとはしないので確実とは言えないが、結構歩き回ったがどうも近くにいる感じがしない。
あてもなくうろうろするのは効率が悪いが、どこにいるかわからない以上は進むしかなかった。

「しかし臨也の野郎、何してやがんだ」

これでもし高みの見物なんかしてやがったら殺す。
そう呟いて、静雄はサイケたちがいる気がする方向に向かって敵を倒しつつ前進を続けることにした。



※じわじわ前進中な静雄さん。再会まではもう少しなので頑張って下さい。