あるいは一つの可能性
※memoログ。猛獣シズイザと津軽×サイケな小ネタ連載。
きさらさんにネタ振りされて乗せられた結果のブツです。まだ続きます。









◆あるいはひとつの可能性 8


――出会えば分かるよ。君と俺の遺伝子が同じなら、たぶん分かる。





彼を見た瞬間に、サイケは臨也の言った言葉を理解した。
サイケはこの数日間で臨也に連れられて多くの人間を見てきた。
本当に色々な人間がいるのだと、教えられた。
でも、目の前の彼ほどにサイケの心を惹きつける存在は一人としていなかった。
ただただ強く、この人だと思った。

「あのっ、はじめまして!俺、」
「サイケ、だよな?」

言葉は途中で遮られて。
差し出した手を握られた。

「…あ、の…つがる?」
「いや、そいつの言ってたことは本当だったんだなって思っただけだ」
「そいつって、臨也くん?」

ちらりと臨也を見れば、にやりと笑われた。
どうやら口を出す気はないらしい。

「お前、俺と同じ、だよな?」
「うん。おんなじだよ?」
「そうか。そうだな」

握った手を引かれて抱き締められて、サイケは首を傾げる。
ぎゅうっと強く抱き締める腕は温かい。
嬉しい気持ちが溢れてきて、ふわふわと心が浮き立つ。

「つがる?」
「サイケ、これからよろしくな」

その言葉に、きょとりと瞬いて。
それからサイケはぱあっと顔を輝かせて、自分も津軽に抱きついた。

「うん!よろしくね、つがる!」



※次は津軽サイド。
サイケは地味に成長してます。学習源と方法が問題ですが。
















◆あるいはひとつの可能性 9


折原臨也という人間に連れられて行った先。
そこで、津軽は彼と出会った。

――君と同じ、この世でおそらく唯一の君の同類。

そう言った臨也の言葉を、そこに込められた意味を。
津軽はその時まで正しく理解していなかった。
そして。出会った瞬間にその意味を理解した。
臨也と同じ容姿の同族。唯一同じ位置づけをもつ存在。
一目見た瞬間に、ただ、理解した。
――この存在が、己の唯一だと。



「俺ね、つがるが起きる前にも何度かつがるに会いに行ったんだよ?」
「そうなのか?」
「うん。でもつがる全然目が覚めなくてね、俺寂しかったんだ」
「…悪かった」
「ううん。いいの。でもこれからはずっと一緒だからね!」
「ああ、そうだな」

喋るのは得意でない津軽と正反対に、サイケは良く喋る。
ころころと表情を変えて身振り手振りまで加えて、たくさんのことを喋り続ける。
ほとんど膝に乗っているも同然の体勢の彼に困惑して、津軽は臨也に助言を求める視線を送ったが無視された。
いや、正確には面白そうに笑われたのだが、どちらにせよ臨也は口を出す気はないらしかった。

「俺ね、つがるが好きだよ」
「……そうか」
「つがるは?俺のこと好き?」

どう答えればいいのだろう。
サイケの言う好きがどういう好きなのか、津軽は迷う。
迷って、また臨也に視線を送ってみようとしたが、その前にサイケが津軽の両頬を手で挟んで固定してしまった。

「…つがるは、俺のこと、嫌い…?」

すっかり眉を下げた泣きそうな顔。その潤んだピンクの目で見つめられて、津軽は降参する。

「好きだ」
「…ホント?」
「ああ。俺はサイケが好きだ」

声に出して言って。そうだ、と納得した。
出会った最初に感じたもの。どくんと高鳴った胸の鼓動の真実。
津軽は、この時ようやく自分がサイケに『一目惚れ』したのだと理解した。



※お互い一目惚れです。















◆あるいはひとつの可能性 10


津軽とサイケの朝は早い。
目覚まし時計が鳴るギリギリまで寝ている静雄と、目覚ましを止めて寝直そうとする臨也を起こすのがサイケの日課だ。
目覚ましが鳴るきっかり15秒前。思いっきり二人の眠るベッドにダイブする。

「おっはよー!臨也くん!シズちゃん!」
「…サイケ、それ、止めろって言ってるだろうが…」
「シズちゃんおはよう!」

もそりと起き上がる静雄ににこにこ笑顔で言えば、溜息をひとつついてから頭を撫でられた。

「臨也、大丈夫か?」
「………大丈夫、じゃ、ない」
「臨也くんおはよー」
「…おはよう、サイケ。今日も元気そうでなによりだよ…」

サイケの全体重をかけたダイブは静雄と違い臨也にはきつい。
もそもそと這い出してきた彼は、先程のサイケの攻撃で朝から既に沈没寸前である。
そこに、開けっ放しのドアから津軽が顔を出した。

「起きたか?飯、できてるぞ」
「…津軽は偉いねぇ。一度教えたことは忘れないし」
「俺だって忘れないもん!」
「君は忘れないけど実行能力に問題があるんだよ。だから、『頑張りましょう』」
「むー…」

ふくれるサイケに津軽が手招きし、途端ぱっと顔を輝かせてサイケはベッドから飛び降りる。
ぱたぱた走ってそのまま津軽の首にしがみついて。
それから顔だけ振り返っていまだベッドの上の二人に一言。

「臨也くん、シズちゃん!朝ごはん食べよ!」



最近の彼らの朝はそんな感じで始まるのである。



※朝の一幕。















◆あるいはひとつの可能性 11


「臨也くん臨也くん!」
「なにかな…俺仕事中なんだけどね…」
「これ!」

サイケ専用のパソコンの画面を見せられ。
臨也はそこに表示されたものを見て、眉を寄せた。

「煙管?」
「うん!これっ、これ欲しいの!」
「…君が吸う、わけないか…」

ちらりとキッチンの方を見る。

「津軽にかい?」
「うん。シズちゃん煙草吸うでしょ?でもつがるにはこっちの方が似合うと思うんだ」
「…んー、まあそうかもね」

津軽は普段着物だからねぇとと言って、臨也は頷く。

「いいよ。買ってあげる」
「ありがとう臨也くん!」
「どういたしまして」

嬉しそうに礼を言われれば、そう悪い気はしない。
いつの間に覚えたのか、ぎゅうっと抱きつく癖にもいい加減慣れた。

「ほら、分かったから、俺は仕事中だから放して」
「はーい」
「サイケ、片付けるの手伝ってくれ」
「うん!今行く!」

津軽に呼ばれてパタパタとキッチンへ向かう後ろ姿に。
臨也はやれやれと苦笑して、パソコンに向き直った。



※午前中のこと。















◆あるいはひとつの可能性 12


「じゃあ、俺出掛けるから、サイケは津軽とちゃんとお留守番しててよ」
「はーい」
「津軽、サイケのことよろしくね」
「わかった」

津軽が頷くと、臨也はそれじゃよろしくと言って出て行った。
ぱたんとドアが閉まって、広い室内は二人きりになる。

「サイケ、昼飯は何がいい?」
「フレンチトースト!」
「だめだ。…朝も食べただろうが」

サイケの言葉に溜息をついて、津軽は仕方ないと冷蔵庫へ向かう。
一人で出歩けない彼らのために、食材はたくさん用意されている。
何があるか確認してからメニューを決めることにした。

「ねーねー、つがるっ」
「なんだ?」
「俺ね、つがるの作るご飯大好きだよっ」
「…そうか」
「臨也くんとかシズちゃんとかのご飯もおいしいけど、俺はつがるが作るご飯が一番好き!」

褒められて悪い気はしない。
ぎゅうっと背中に抱きつくサイケの頭を撫でて。
津軽はサイケのためにもっと料理の勉強をしようと考えた。



※お昼頃。















◆あるいはひとつの可能性 13


早い時間に仕事が終わって、静雄が帰宅すると。

「おかえりシズちゃん!」

扉を開けてすぐにサイケが抱きついてくる。
それを難なく受け止めて、静雄は首を傾げた。

「臨也はどうした?」
「お仕事行っちゃたよ。だから俺、つがるとお留守番なの」
「そうか、偉いな」

頭を撫でてやれば嬉しそうな笑顔。
この素直さが少しでも臨也にあればいいのにと思わないでもない。

「そういや、臨也がおやつにってプリン作ってたぞ」
「プリン!」

きらきらと目を輝かせるのに苦笑して。
同じように出迎えに出てきたものの、不満げな顔で自分とサイケを見ている津軽に声を掛けた。

「よう、ご苦労さん」
「いや…お帰り」
「ああ、ただいま。っと、サイケ、津軽と一緒にリビングに行ってろよ。プリン持ってってやる」
「はーい!行こうつがる!」
「分かったから走るな、転ぶぞ」

パタパタと軽い足音を追って、津軽も中に引っ込んだのを確認して。
静雄は仕方ねぇなと苦笑した。
どうやら、津軽は静雄に似て独占欲が強い性質らしい。
自分と同じ顔が明らかに嫉妬してますという表情を浮かべるのを見て、そう理解する。

「ま、俺も人のこと言えねぇし」

そう言って、静雄も靴を脱いでリビングへと向うことにした。



※午後3時頃。















◆あるいはひとつの可能性 14


3人でおやつを食べてから約2時間。
帰宅した臨也がサイケの『おかえりの儀式』(静雄命名)に耐え切れず後頭部を玄関のドアに打ったが。
それ以外は大方問題なく、その日は全員そろっての夕食ということになった。
早く帰ってきた静雄がたまにはと夕飯担当を買って出て、現在料理中。
キッチンに続くリビングで、臨也とサイケの会話が聞こえてくる。

「ねーねー臨也くん」
「なにかな…っていうか、顔が近いよサイケ」
「んっとね、ちゅーしてもいい?」
「はい?」

ごとん、と静雄の手にしていたボウルが落ちた。
何も入っていなくて良かったと思いつつも、意識はついリビングの会話に集中してしまう。

「…サイケ、そういうことは好きな人とするものだよ」
「俺、臨也くん好きだよ?」
「うん、そういうことじゃなくてね…」
「じゃあどういうこと?」
「………」

沈黙が落ちる。
おそらく言葉を探しているのだろう。
うろうろと視線を泳がせる臨也の姿が想像できて、静雄はくっと笑った。

「サイケ、津軽がして欲しそうだから先に津軽にしてあげなさい」
「…んー…うん、わかった。つがる、ちゅーしよ?」
「………」

サイケ相手では調子が狂いっぱなしの臨也に笑いながら調理を再開しようとすると。
臨也がのろのろとキッチンに避難してきた。

「あーもう、一体どこであんなこと覚えてきたんだよあの子」

ぶつぶつと文句を言いながら静雄の隣に来て、何故か睨む。

「君といい津軽といい…君たちの頭の中ってどうなってるわけ?」
「…何が言いてぇんだ」
「だってサイケが俺とキスしたいって言った時の津軽の顔、君が嫉妬してる時のとまるきりおんなじなんだよ」

ああやだ。そう言って、臨也は料理を手伝う気なのか手を伸ばしてくる。
なるほどと苦笑して静雄は「仕方ねぇよ」と口にした。

「俺も津軽も、好きなヤツへの独占欲は相当強いみたいだからな」



※夕飯前の一幕。















◆あるいはひとつの可能性 15


「メンテナンス?」
「そう。一度様子を見たいから来て欲しいって」
「……」

不安そうな目を臨也に向けるサイケに。
津軽は「大丈夫なのか」と問うた。
サイケも津軽も人間ではない。
この場所では人間として扱われていても、人権などないし、そもそもが実験体なのだ。
サイケの不安は同じ立場の津軽にも充分理解できる。

「大丈夫だよ。俺が抜かるわけないでしょ?…そりゃ、ちょっとは検査とかするかもしれないけど、きっちり『契約』させたから、酷いことはされないし、すぐここに帰ってこれるよ」
「………」

まだ不安が拭えないサイケが泣きそうな表情を見せた。

「大丈夫だ、サイケ。こいつは最低の嘘つき野郎だけど『契約』に関しては嘘はつかねぇよ」
「シズちゃん、さり気なく酷い」
「事実だろうが」

不満げに口を尖らせる臨也に溜息をついてから、静雄が津軽を見る。

「津軽も行くんだろ?」
「うん。二人ともって言ってたよ」
「だったら安心だろ、な?」
「……うん。つがるが行くなら、行く」

こくんと頷いて着物の袖を握られて。
津軽は絶対にこいつだけは守ろうと誓いを立てた。



※夕食後の会話。















◆あるいはひとつの可能性 16


サイケには目覚めてから新羅の家に連れて来られるまでの記憶がない。
初期化したのだと言われてそうかと納得したが、ざわざわと気持ちの悪い感覚があって。
それを訴えたら新羅は困ったような苦しいような、そんな表情をした。
だから、サイケは新羅の前で二度とそのことを口にしなかった。



「臨也くん、俺どこか壊れてるのかな」

服のすそを引っ張って問えば、臨也が不思議そうな顔をする。

「どこか痛いのかい?」
「ううん、違うよ。でも、何でだか分からないけど、研究所、行くの怖いんだ」
「…ああ、そういうことか」

納得した臨也は頷いて、サイケに手を伸ばし。
そのまま緩く抱き締めた。

「大丈夫だよ。サイケが怖がるようなことは何もされない」
「でも」
「大丈夫」
「…うん。…つがるは、怖くないのかな?」
「どうだろうね。津軽は目覚めてすぐに家に来たから、研究所の記憶はほとんどないんじゃないかな?」
「そっか。なら、つがるは大丈夫だよね?」
「大丈夫だと思うよ」
「よかった」

きゅうっとしがみつけば、優しく背中を撫でられた。
それが少し不安を溶かしてくれた気がして、サイケはほっと息をつく。

「サイケ、どうしても怖くて嫌なことが起きたら俺を呼ぶこと。いいね?」
「うん。…あ、でも俺、携帯持ってないよ?」
「大丈夫だよ。この前サイケにインストールしたプログラム、覚えてるかい?」
「あ…あれのこと?」
「そう。あれは俺の携帯と繋がってるからサイケはただ俺を呼べばいいだけだ。簡単だからできるよね?」
「うん」

できると思う。
こくりと頷いて『助けを呼べる』状況に安心したサイケは、やっと全開の笑顔を見せることができたのだった。



※なんだかんだ言ってサイケに甘い臨也さん。















◆あるいはひとつの可能性 16.5


「本当に大丈夫なのかよ」

就寝前、静雄に真剣な表情でそう言われて。
臨也はそうだね、と呟いた。

「少なくとも、岸谷森厳もネブラもあの子達に何かしたりはしないよ」
「………」
「そんな顔しなくても大丈夫だって。俺と『契約』した以上、それを破ればどうなるかはあっちもよく知ってるみたいだったし」
「…だけどよ、それを知ってるってことは相当やばいところってことだろうが」
「そうだよ。だけど、だから彼らは俺たちとの『契約』の意味を正しく把握してる。まあ下っ端の連中は知らないだろうけどねぇ」
「そこが問題なんだろうが」
「うーん…」

くくっと笑って、臨也は困った表情を作る。

「シズちゃんもすっかり保護者だね。うん。確かにそこまでは徹底できないだろうから、その辺は問題だよね」
「大丈夫なのか」
「さあ?でも、津軽もいるし平気なんじゃないかな」
「津軽が俺みたいな力を持ってればいいけど、そうじゃねぇだろう」
「まあね。でもさ、そもそもあの子達をオリジナルの側に置くことを決めたのは彼らだ」
「手前はあいつらがどうなってもいいって言うのか」
「まさか!俺はこれでも結構あの子達を気に入ってるし、第一シズちゃんの遺伝子を使った津軽を好き勝手されるのは気に食わない」

静雄の言葉を即座に否定して、臨也はサイドテーブルに置かれたパソコンを指差した。
それは仕事用ではないらしいが、静雄は何に使われるものなのか知らない。

「保険はちゃんとかけてあるよ。保険は保険のままなのが一番だけどね」

にやりと笑って臨也は静雄の首に手を回して引き寄せた。
そのまま耳元で囁く。

「大丈夫だよ。津軽はサイケを守ろうとするだろうし、サイケも津軽を守るためならどんなことだってするさ」

あの二人は俺たちの遺伝子から生まれたんだから必然的にそうなるよ。
心底楽しげに笑った臨也に、静雄はどうにも嫌な予感を拭えなかった。



※夜の話。