あるいは一つの可能性
※memoログ。猛獣シズイザと津軽×サイケな小ネタ連載。
きさらさんにネタ振りされて乗せられた結果のブツです。ちょっくら続きます。









◆あるいはひとつの可能性 1


「は?」

間抜けな声を上げた臨也の目の前。
こてんと首を傾けたのはまるきり同じ顔だ。
いや、カラーリングが微妙に違うか。
現実逃避気味にそう思ってから、臨也はもう一人の人物に視線を向ける。

「で?」
「…臨也、君、そのどうでもよくなって思考を途中放棄する癖止めたほうがいいよ」
「煩い。で?」

普段の良く回る口はどこへ行ったのか。
無表情で威圧する猛獣を前に、新羅は若干の身の危険を覚える。
せめて静雄がいる時に頼むべきだったか、と後悔もしたが今更過ぎた。
だらだらと冷や汗を垂らす新羅の横、酷く無防備な顔で無邪気に笑う臨也そっくりなイキモノ。
彼はその白い手を臨也に向かって差し出して。

「おれ、サイケデリックいざやっていいます。きょうからよろしくおねがいします」

ぺこりと頭が下げられて、幼い子供の舌足らずな口調でそう言われ。
臨也は無表情のままぱちりと一度瞬いた。


(サイケデリックって…誰がつけたんだ?)



※感想がずれている『猛獣』臨也さん。
















◆あるいはひとつの可能性 2


とりあえず落ち着いて話を聞いてよと新羅に懇願され、臨也は渋々頷いた。
自分と同じ姿のこのイキモノに興味がないわけではない。
言い分くらい聞いてやると横柄にのたまってもいつもの突っ込みがなかったのは、まあたぶんあれだ。威嚇が過ぎただけだ。
そう考え、静雄が居なくて良かったとほっとする。

「で?」
「うん。そうだね、何から話そうか…。彼、僕はサイケって呼んでるんだけどね、彼については正直、その…先に謝るんで殴るのもナイフも勘弁してほしいんだけど…」
「…つまりろくでもない話なわけか」
「ごめん。彼、君のDNAを使って作られたらしいんだ」
「…俺のDNA…?…それ、どういうことかな新羅?」
「…あははは…ホントごめん!だからお願いだからナイフしまって下さい!」

すばらしい勢いで土下座した闇医者に、臨也は険しい顔のままため息をついてナイフを仕舞う。

「…で?」
「…うん。君が結構酷いケガでここに来たこと何回かあったよね?あの時、こっそり採血させて――ってごめんなさい!許して!!」

無言のままナイフを投擲しようとした臨也は、だが、その手を止める。
別に新羅の謝罪を受け入れたわけではない。ただ、己の服を掴んで目を潤ませるイキモノがいたせいだ。

「いじめちゃだめ」

ピンク色の瞳に涙が滲んでいる。
己と同じ顔が浮かべるには余りにもなその表情に、ため息が漏れた。

「…わかったよ。いじめない」
「ほんと?」
「約束するよ。今は」
「今はってのが私としては怖いんだけど…」
「黙れ。次無断でやったら半殺しにするから覚えておきなよ」
「…了解です」

青ざめて頷く新羅を横目に。
臨也はいまだ自分の服を掴むサイケに複雑そうな視線を向けた。















◆あるいはひとつの可能性 3


「だからね、父さんが言うにはこの子達は人間とほぼ変わらないらしいんだよ。でも、」
「生きたコンピューター、ね。…人間ってのはホント面白いこと考えるよねぇ。だから俺は人間が好きなんだよ」
「はいはいそれは分かったから。で、この子、まだほとんど何のプログラムも入れていないから真っ白な状態だけど、学習も出来るから少しずついろいろ教えてあげて欲しいんだよ」
「…人選ミスじゃないの?」
「いや、君は人間以外のものには食指が動かないだろ?だから問題ないかなって」
「まあ確かに人間以外は興味ないけどねぇ…」

臨也がちろりと隣のサイケを見れば、足をぷらぷらさせていた彼が気づいてにこりと笑う。
なんというか、まるで別の生き物だな。
そう思って、臨也は苦笑した。
少なくとも、自分にこういう時期があったのは5歳かそこらまでだったと記憶している。

「おはなし、まだおわらない?」
「いや、もう終わるよ」

ヘッドホンをつけた頭を軽く撫でてやれば、嬉しそうな顔をされて。
臨也はまあいいか、と考えた。

「預かってもいいよ。ただし、どう育つかは保障しない」
「…僕としてはこのまま素直でいてくれると嬉しいけど…」
「なら俺のところに預けるべきじゃないよ」
「…だけど、君の家がこの池袋では一番安全だからね。そうだよね?」

その言葉は意味深で。
正しくその意図を汲んだ臨也は眉間に皺を寄せる。

「…つまり、テリトリーの防壁強化をしろと暗に催促しているのかな?」
「君の数少ない取り柄なんだから、頼むよ」
「喧嘩を売っていると見――」
「ごめんなさい!許して!!」

ちっと舌打ちして、臨也は頷いた。

「いいよ。そこも含めて引き受けよう。そろそろ盗聴器を仕掛ける馬鹿が鬱陶しいと思ってたところだしね」
「………やっぱり人選誤ったかなぁ」


※以下、臨也の裏設定に絡む“テリトリー”の説明(反転)
臨也と臨也の師の所属するある集団(ただし集団的な活動は一切伴わない)が保有する独自の情報遮蔽システム、およびその効果範囲。携帯サイズの端末の形をしている。設置場所の端末登録者が意図しないあらゆる情報の流出を遮断し、また端末登録者にテリトリー内への異物の侵入を知らせる役割を果たす。製造元、使用技術などについては一切不明。ちなみに新宿の事務所には設置されていない。















◆あるいはひとつの可能性 4


「おれ、いざやくんの家に行くの?」
「うん、そうだよ」

頷く新羅に、サイケが眉を下げる。

「…つがるは?」

呟きに近い問いかけは寂しげで。
臨也は目を瞬かせて僅かに首を傾げた。

「津軽って?」
「つがるはつがるだよ?おれとおんなじなの。おれがしんらの家にくるときはまだねてたけど、起きたらいっしょにあそぶの!」
「…新羅」
「えっ、あ、いや!ちゃんと後で言うつもりだったから!」
「………」
「君がより怒るとしたら間違いなく津軽のほうだから言い出すタイミングを計ってたんだよ」
「…っていうことは、津軽はシズちゃんか」
「ご名答。…ええと、怒る?」
「…もういいよ。喧嘩するとサイケが泣くし、今回は特別に慰謝料で勘弁してあげる」
「慰謝料とるの!?」
「とるよ。当たり前だろ」

後で請求するからと言う臨也に新羅が呻く。

「…つがるは、いっしょじゃないの?」

半分涙声で問われて、一瞬だけ考えて。
臨也はちょっと待ってねと答えた。

「新羅、その津軽ってのはどうなってるわけ?」
「…まだ目覚めてないよ。あと何日か掛かるらしい」
「じゃ、それ目が覚めたら連絡して」
「…え?津軽も預かってくれるのかい?」
「俺も暇じゃないし、一人で放っておくより二人いたほうがいいでしょ」
「いや、俺としては大歓迎になんだけど、本当にいいのかい?」

新羅の探るような視線ににやりと笑って。
臨也は心底面白そうに言った。

「俺とシズちゃんのDNAから出来たイキモノがどういう関係を築くのか、実に興味深いじゃないか」















◆あるいはひとつの可能性 5


そういえば、と臨也はふと思ったことを口にする。

「サイケって何か出来るの?」
「歌が歌えるよ」
「歌…?」
「あのね。父さんが言うには制作のヒントとして巷で人気のボーカロ…ぐはっ」
「とりあえず黙れ。なんとなく何が続くかは分かったし、すっごく局地的な上にそれ著作権的にどうなのかすっごく気になるから」
「わかったからとりあえずそれ以上殴らないで!僕はセルティになら殴られようが何されようが喜んで受け入れる自信があるけど、ほかの奴は無理――」
「だ・ま・れ、この変態医者。…っていうか、なら生身じゃなくてもいいじゃないか…」
「そこはそれ、父さんも科学者だからね。試してみたかったんじゃないかな?」
「…迷惑すぎだろ」

げっそりとした顔で言って、臨也は大人しくしているサイケに声をかけた。

「歌が好きなの、君?」
「うん、すき!いざやくんは?」
「…普通、かなぁ。たぶん」
「おれ、いざやくんのためにいっぱい歌ってあげるね!」
「…ありがと」

ああなんなんだ。この純粋培養のイキモノ。
これが俺の遺伝子使ってるとか、顔がそっくりじゃなきゃ信じられないよ。
なんとなく色々気力を削がれた気がして、臨也は項垂れた。















◆あるいはひとつの可能性 6


「というわけで、預かることになったから」

さらりと言った臨也に、静雄はその隣で大人しく待機している男と臨也を交互に見る。
確かに、服装や装飾品の差異を除けば僅かな色彩しか違いがなかった。
だが、なんというか。

「…サイケ、だったか?」
「うん!」

こくんと嬉しそうに頷く相手に、違和感が拭えない。
こんな無邪気な満面の笑みなど臨也は浮かべたりしない。

――…違う生き物だと思おう。でないと鳥肌が立ちそうだ。

実際違う生き物なのだが、臨也の説明を半分も理解していなかった(する必要がないと思っていた)静雄はそう考えた。

「じゃあ、ま、よろしくな」
「よろしくおねがいします!」

差し出した手を握られてブンブン振られる。
ちらりと臨也を横目で見れば、額に手をやって小さくなにやらぼやいていた。
自分と同じ姿の存在がこうも違う行動をすることを複雑に感じているのだろう。

「いざやくんいざやくん!しずちゃんっていい人だね!」
「…ああ、そうかもね…」

投げ遣りな返答に滲む感情に静雄は苦笑して。
自分と同じ姿だという存在はどんななのかと思いを馳せた。















◆あるいはひとつの可能性 7


「へえ、ホントにそっくりだね」
「でしょ?しかも彼は性格も静雄に似てるんだよ」
「ふうん」
「興味なさそうだね」
「俺のシズちゃんは一人だけだからね」

きっぱりとそう言い切った臨也に新羅が苦笑する。
静雄に良く似た“津軽海峡静雄”(自己紹介を聞いた瞬間に臨也は盛大に笑ってやった)は、困ったような表情を浮かべて黙っているだけだ。

「そう言えば、津軽にはシズちゃんみたいな馬鹿力あるの?」
「いや、ないみたいだよ?サイケの時も思ったけど、君らの特異性はあくまで鍛えられることで生まれたものらしいね」
「後天的なものってことか」
「静雄の場合は怒りの沸点の低さが一因だとは思うよ。その点、津軽は冷静というか確乎不動というか、とにかく感情の揺らぎが少ないからね…静雄みたいな力は持てないかも」
「いいよ。ないほうが。あんな化け物そう一杯いられても困る」
「あはは」

さて、と臨也は津軽に視線を向けた。
見下ろしてくる色素の薄い目は静雄と同じだ。
だが、妙に落ち着かない。
しばらく無言で見詰め合って、ああなるほどと納得する。
戸惑うように見つめてくる目はどちらかといえばサイケと通じる無邪気さがあった。

「これは生きた年月の差なのかなぁ」

自分たちだってそれほど長く生きているわけではない。
だが、たかが二十数年でも生まれたばかりのこのイキモノたちと比べれば充分に長いのだ。
傷つかぬように身構える癖が染み付いた自分たちに、彼らの純粋さはまねしようもない。

「よろしく、津軽」
「…ああ、よろしく頼む」

小さく頭を下げて、それきり黙ってしまう津軽に臨也と新羅は顔を見合わせ苦笑した。

「無口だねぇ。でもサイケはよく喋るしちょうどいいのかな」
「…サイケ?」
「うん。君と同じ、この世でおそらく唯一の君の同類」

会いたい?と問えば、凪いだ湖面のようだった瞳がようやく揺らいだ。

「会える、のか?」
「うん、会わせてあげるよ」

そう言って差し出した臨也の手に。
躊躇いながらも大きな手のひらが乗せられた。
楽しみだろう?と問う声に、津軽が小さく頷く。
それに微笑んでやって、臨也は本当に楽しみだと心の中で呟いた。



※臨也はこの状況を楽しむことに決めたようです。
プロローグはここまで。次こそサイケと津軽がご対面のはず。