エイプリルフール
※エイプリルフールネタ。ボツったものリサイクル2。『クロネコ』設定。

















「今日はさ、エイプリルフールなんだよ」

そう言った闇医者に。
黒猫――臨也は、きょとりとして目を瞬かせた。
差し出された紅茶を飲むために人型になり、一口飲んで、それからようやく口を開く。

「それがどうかしたの?」
「ははっ、まあ君には嘘なんて何の意味もないだろうけどね」
「?」
「すぐ分かるよ」

楽しげに笑いながら言われて。
不審そうな表情で猫耳を伏せた臨也は、相手から漂う愉快さだとかそんな類の感情に、ただ首を傾げるしかなかった。









結局、臨也が新羅の言葉の意味を理解したのは、それから数十分後。
居候している静雄のアパートに戻ってからのことだ。
アパートの前でキョロキョロと辺りを見回している静雄に声をかけようとした矢先。
挨拶が音になる前に臨也の存在に気付いた相手は、ものすごい勢いで走ってきて――そのままタックル同然に抱きつかれる。
「ちょ、シズちゃんどうしたのさ?」
あまりの勢いに被っていたフードが取れて猫耳が丸見えになってしまったのが問題だな。と思いながらも、臨也はぎゅうぎゅうと抱きしめてくる静雄を剥がそうという気にはならなかった。
俺も大概この男には甘い。その事実に面映い気分を味わいながら、もう一度答えない静雄に声をかける。

「シズちゃん、どうしたの?」

何かあったの?と優しく柔らかな声問えば。
静雄がぎゅうっと腕の力を強めて言う。

「手前が、またこの街を出て行こうとしてるかもって新羅の奴が言うからっ」

ああ、そういうことか。
骨が軋むほどに抱き締められながら、臨也はぼんやりとニヤニヤ笑みを浮かべていた闇医者の顔を思い出す。
あの笑みは、そういう意味だったわけだ。
タチの悪い冗談だ。笑えない。エイプリルフールだからと言ってついていい類いの嘘ではない。しかも俺がすぐ帰れば嘘だと分かるのだからと放置したのが最悪だ。
静雄の不安を思って鼻筋に皺を寄せ、黒猫はどんな報復をしてやろうかと考える。

「シズちゃん、それ嘘だよ。うーそ」
「………」

返事の代わりに、ぎゅっと服を握られた。
伝わってくる感情は、不審と怖れと悲しみと…他にもごちゃまぜになったなんとも言えないものだ。
不味くはないけど、どちらかって言うとシズちゃんから貰うのはあったかい感情の方がいいなぁ…と考えつつ、腕を緩めない男の胸に頭を預ける。

「シズちゃん、今日は何日か覚えてるかな?」
「…………」

ぴくりと反応する身体。
困惑から虚、虚から得心、得心から僅かな怒りへ。
そんな風に変化する感情の波を零距離で感じながら、臨也は苦笑する。

「まんまと騙されちゃったね」
「……煩ぇ」
「ははっ、シズちゃんは単純だし、まあ騙しやすい相手かもねぇ」
「煩ぇ」

一度目の答えは照れ。二度目の答えは拗ね。
ああ、かわいいなぁシズちゃんは。と、本人が何度となく否定している言葉を心の中だけで呟いて。
臨也はじわじわと身を浸す静雄の安堵の感情に目を細めた。

「俺ってば愛されてるねぇ?」

くすくす笑って言えば、沈黙が返る。
いまだ臨也を抱きしめたままの静雄の顔は、真っ赤だ。そんな顔で睨まれても怖くもなんともない。ただただ、愛しいだけだ。

「でもシズちゃんってばホント騙されやすいよね。気をつけないとダメだよー?」
「………」
「…そう言えば、昔、『今年のエイプリルフールは4月2日になった』って嘘を信じた奴がいたけど」

君も騙されそうだ、とくつくつ笑う黒猫に、静雄は複雑な顔をする。
おそらく、信じてしまうかもしれない自分を想像出来たのだろう。

「…あー…くそっ」
「ははっ、新羅もちょっと悪戯が過ぎるよねぇ。嘘が許されるって言ったって限度があるだろうに」
「…手前は、何も言われなかったのかよ」

自分だけ騙されたのが悔しいのか。そう問うてくる静雄に臨也はにやりと笑って見せた。

「俺には嘘なんて通じないもん」

無駄なことだから新羅も嘘なんてつかないさ。
コートの隙間から尻尾を出して、静雄の腕を軽く叩いて言えば。
静雄はようやく臨也の特性を思い出したのか、納得顔で頷いた。

「…ああ、そういえばそうだな」

“感情の波”を食料にする臨也にとって嘘の言葉は何の意味も持たない。
感情は誤魔化せない。そういい切る黒猫に嘘は一切通じないのだと思い至った静雄は、そうかそうかとしきりに首を振っている。
どうやら人より少し単純…もとい純粋な彼は、一時的に新羅への怒りは失った様子であった。
まあいいさ。あとで俺から何か報復しておこう。
そう決めてくくっと喉の奥で笑った黒猫は、今はとりあえず、自分を暖かな感情で包み込んでくれる男に素直に甘えることにした。

「シズちゃん、大好き」
「…おう」

あ、これ嘘じゃないよ?と言えば、顔を赤くして頷いてくる。そんな静雄の気持ちは言葉にされずともしっかりと伝わっていた。
すべてお見通しなのだと理解している彼は緩みかけた腕の力を強くすることで臨也に応えてきて。
臨也もこつりと額と額を合わせて、腕には黒くて長い尻尾を絡ませて、くるると喉を鳴らした。

「シズちゃん、口で言って。聞きたい」

誘うように甘く、柔らかな声で囁く。
そうすれば、間近の顔は予想通りより赤くなる。

「…俺も、好きだっ」

小声の、ヤケクソ気味の叫びに。
臨也はやっぱりシズちゃんはかわいいと満足げに目を細めたのだった。












※嘘発見器な黒猫さんの話を書こうとして挫折した結果、まったく原形を留めなくなった話。