※来神時代。付き合ってるわけじゃないけどそれほど仲が悪くない二人。+新羅。
















その日。
ざわめく街の喧噪を少し鬱陶しいと感じながら、俺――折原臨也は帰路にあった。早く家に帰りたい。珍しく、そう思う。
それから、ふと視線を感じて横を見ると。
「………」
ついさっきまで新羅ののろけに付き合っていたはずのシズちゃんが、何故か俺を見て、怪訝そうな顔をしていた。
「なに?」
問うと、眉を寄せて溜息。
一体なんだというのだ。失礼なヤツめ。

「手前、早く家帰れよ」
「なんで君に指図されなきゃいけないのさ」

心配そうな声とか、君らしくもない。シズちゃんに心配されるなんて、なんだか不愉快だ。そんな感情を前面に押し出して不機嫌そのものの声で言えば、さらに溜息。
舌打ちして、俺はシズちゃんににっこりと笑ってみせる。

「シズちゃん、その顔、うざい」
「手前、人が――」
「はっ、人が、何?君に気遣ってもらうとか、すっごくキモいからやめてよね」
「…このノミ蟲が…」

唸るように言うくせに、いつものように手が出てこない。
ああやっぱりか。
何故分かったんだとか、そう思いながら、首を振る。
鬱陶しいなぁ。誰かに心配されたいなどと、考えたことはないのだ。
むしろ、本気で面倒だ。他人に弱みを知られるなど――、

「…臨也」

うるさいなぁ。放っておいてよ。人の顔を勝手に覗き込むな。屈まれると余計ムカつくだろうが。
吐き気すら覚えて睨み付けた俺に、また溜息。
伸ばされた手に一瞬ぎょっとして、身を竦ませて。
触れてきた手のひらに、目を瞬かせた。
冷たくて、気持ちいい温度だ。

「やっぱ熱、あるじゃねぇか」
「…うるさい」

それがどうした。君には関係ないだろう。
邪魔だと手を払いのけた俺に、それでもシズちゃんは怒らなかった。
心配そうな顔をされて、調子が狂う。

「臨也、風邪なら早く薬飲んで寝ないとダメだよ」
君、すぐに酷くなるんだから。と、新羅にまで言われて、渋々頷く。
「わかってるよ」
「薬、ある?」
「…たぶん」

まだあったような気がする。…たぶん。
「ならいいけどね、なかったらちゃんと連絡するんだよ?」
「うん」
こくりともう一度頷いて。
心配そうな二人の視線を受ける居心地の悪さに、小さく息を吐いた。



***



二人と別れて、ようやく一息つく。
頭が重い。早く帰って寝てしまおう。そう思いのろのろと歩き続ける。正直言えば、歩くのだって億劫だった。
薬、あっただろうかとふと思い出して、連鎖的にシズちゃんの顔まで脳裏に再生してしまう。
シズちゃんはお人好しだ。でなきゃ、しょっちゅう喧嘩している俺をあんなふうに心配したりなんかしないだろう。心配する素振りとかじゃなくて、本気だからタチが悪い。俺は、構わないで欲しいのに。
別れ際に随分長い間心配そうに俺のことを見ていた姿が目に焼きついていて、俺はふるふると頭を振ってそれを振り払って。
一人暮らしをしているマンションへと帰宅した。

「ただいま」

誰もいない室内に向かってそう言って、俺はそのまま寝室へ直行する。
鍵を掛け忘れた気がするけど、もういい。とにかくだるい。
ぼすりとベッドに身を横たえて、ゆるゆると息を吐き出して。
俺はそのまま目を閉じて、意識をなくしたらしい。



***



――…。

「あ、目が覚めたかい?」

そう言われて、瞬く。

「…しんら?」

ぼやけた視界が焦点を結んで、俺はなんで、と小さく呟いた。
体中熱くて、酷くだるい。
痛みに似ただるさに堪えかねて呻くと、「まだ寝てたほうがいいよ」と新羅が溜息混じりに言う。
「静雄がやたら気にするから来てみたら、案の定着替えもせずに倒れている君を見つけたんだよ。あと、鍵のかけ忘れは危ないよ?」
小言を言う新羅をぼんやりと見ている俺に、別な方向から声がかかった。

「起きたのか」

…何で君までいるの。そう問いたかったけど、もう声を出すのも辛かった。
俺の代わりに何か受け答えをしている新羅の声を聞きながら、目を閉じる。
瞼が重くて、もう目を開けていられない。
苦しい、熱い、痛い。
は、と苦しくて息を吐き出した俺の頬に手が触れるのを感じたけど、目を開けるのは無理だった。
何度か優しく撫でていた手が汗で張り付いた髪を払って、それからもう一度頬を撫でる。
こんなことを新羅はしない。ということは、これをしているのは消去法でさっき部屋に入ってきたもう一人ということになる。
一体どんな顔してそんなことをしているのだろう。そう思って、無理に目を開こうとした俺に気付いたのか。
シズちゃんは俺の目を手で覆って、それから言った。

「寝てろ」

声に滲む心配する気配に、正直元気ならからかいの言葉でも吐いてやりたかった。
本当に、シズちゃんはお人好しだ。俺のことなんて放っておけばいいのに心配してわざわざ来るとか、馬鹿だよホント。
後で粥作ってやるからそれ食って薬飲めって、君それまでここに居る気なわけ?
聞こえてきた言葉に呆れが増す。なんでそんなに俺を気に掛けるのさ。訳分からない。俺はシズちゃんが寝込んだってそんなことしてやらないだろう。なのにシズちゃんはそれをする。理解できない。
粥作ってくるわ、とそう言ってシズちゃんの気配と足音が遠ざかって。
俺はいつの間にか緊張してしまっていた体の力を抜いた。
まったく病人を緊張させるとかどうなんだと心中で文句を言っていると、新羅がふうと息を吐き出すのが聞こえる。
重い瞼をこじ開けてそちらを見れば、新羅は呆れたと言わんばかりの顔で俺を見ていた。
なんだと眉間に僅かに皺を寄せて視線で問えば、どうしようもないね君は、とやつは首を振ってみせる。

「君もいい加減素直になりなよ」

そんな言葉を零す新羅に、俺は意味が分からず眉を寄せた。
俺は十分素直だ。シズちゃんが嫌いで、おせっかいも嫌い。
だから、シズちゃんの善意に報いてやる必要もない。
そう思うのに。
何故か落ち着かない気分を抱えて、俺は新羅の視線から逃げるように寝返りを打った。




――…まあ、しゃべれるようになったらお礼くらいは、言ってやってもいいけどさ。


そう思ったのは、とりあえず新羅には言わないでおこうと思った。












※素直じゃない上に無自覚なひとのはなし。