※n番煎じだよ…な話。
















……。どうしよう。
目の前に鎮座するその物体に。
臨也は暑くもないのに冷たい汗が背中を伝い落ちるのを感じていた。
なんでこんなものがここにあるんだ。
そう本気で悩む。心当たりはない。あるとすれば、先日勝手に上がりこんだ妹たちの存在くらいだ。

「やばい」

呟いて、臨也はそろりとその物体に手を伸ばそうとした。

「ノミ蟲、風呂上がったぞ」

背後から突如かけられた声。
その声にビクリと肩を震わせた臨也は、恐る恐るといった風情で後ろを振り返る。
そこには風呂上りの髪をタオルでわしわしと拭く静雄の姿があった。
無頓着な静雄の雑な拭き方のせいでポタポタと床に雫が零れている。

「シズちゃん、ちゃんと拭けって何度言ったら分かってくれるのかな」
そう文句を言いつつ、さりげなく例の物体を自分の影にくるように移動させた。
が、妙に目敏い静雄はその動きに気付き、不審そうな表情を浮かべる。
「何隠してやがる?」
そう言って静雄が手を伸ばしたのは、半分は独占欲によるものだった。
臨也の意識や注意を自分から逸らすものはなんであれ許せない。
目の前に自分がいるのに、それ以外を見るのが腹立たしい。
その感情に突き動かされるまま、伸ばした手で臨也の腕を掴む。

「何を隠したんだ?」
「何でもいいだろ。別にたいしたものじゃないし、それよりさっさと髪拭いちゃってよ。水が垂れてきて冷たい」

放せと手を引く臨也の様子を苛立ち混じりの目で見据えて、静雄はふうんと低く呟いた。
追及の手を緩める気のない静雄の様子に、臨也は眉を顰めて睨み返す。

「シズちゃん放して。君には関係ないものだよ」
「は、手前がそういうこと言って答えねぇ時は、大概都合の悪いもんの時だよなぁ?」
「ッ」

据わった眼差しを注ぐ天敵に、臨也は視線を泳がせた。
そのまましばし沈黙。
見据えられ続けることに堪えかねて。仕方ないと溜息を噛み殺し、臨也は静雄に隠した物のうち、一番上に乗っていた物を差し出す。
「ただの手紙のファイルさ。片付けてたら昔の奴が出てきたんだよ」
ほらとファイルを捲って見せる臨也に、静雄はふうんと呟いて差し出されたそれを手に取った。
それを見ながら、臨也はさりげなく残りのファイルを押しやる。
渡したのが手紙のファイルであることは確かだ。他のだって間違いなく同じものである。嘘は言っていない。…100%真実ではないだけだ。
嘘をつく時に何割かの真実を織り込めば発覚は難しくなるものである。
「…確かに手紙だな」
予想が外れたことに不満げに鼻を鳴らして、静雄はぱらりぱらりとファイルを捲っていく。
と。
「ん?なんだこりゃ?」
開いた拍子にぱさりと落ちた一枚の写真。
裏返しに落ちたそれを手に取ろうとした静雄だったが、臨也が声にならない悲鳴を上げて先にそれを奪取した。
どうやら彼には何の写真か見えたらしい。

「…臨也くんよぉ、そいつこっちに寄越せ」
「いやいやいや!これはシズちゃんにぜんっぜん関係ないものだからね!わざわざ見なくてもいいと思うな!ほら時間の無駄ってやつだよ!」

怪しい。
そう思わせるのに十分な臨也の慌てぶりに、静雄はにやりと笑って――。
掴んだままだった臨也の腕――そう、臨也は例のものを隠すのに必死で失念していたがずっと掴んだままだったのだ――を引っ張る。
「うわっ」
倒れ込んでくる恋人を逃れられるように抱き締めて。
静雄はひょいとその手に握られた写真を抜き取った。

…………。

僅かに沈黙。
それから視線を落とすと、臨也は焦りの表情のまま凍りついていて。

「臨也くんよぉ」
「…あ、や…あの、できれば、それ以上なにも言わないで下さい」

声をかければ、うううと唸って静雄の胸の顔を埋めてしまう。
髪の間から覗く耳は真っ赤だ。
なるほどこうしてれば写真に負けず劣らず可愛いじゃねぇかなどと静雄が内心思っていることなど彼には知りようもないことで。
裏の走り書きからこれが臨也の妹たちの仕業であると知れて、静雄はくつくつと楽しげに笑った。

「臨也、お前」
「いや!だから言わないでよ!」
「可愛かったんだなぁ」
「ああもう!言うなっシズちゃんの馬鹿!」

顔を上げぬまま叫ぶ臨也と写真の中の可愛らしい子供を見比べて。
静雄は満足げに笑む。性格は最悪だが見た目だけはきれいに成長して何よりだ。特にこうしてやり込められている時は可愛くすら見えるのだから、悪くない。
まだ小学校にすら上がっていないだろう子供は、写真の中で愛らしく微笑んでいた。だが。
「だけどよ、何で女装なんだ?」
尤もな疑問を口にした静雄に臨也は顔を上げてキッと睨む。
「そんなの俺が知りたいよ!」
あああ俺の黒歴史が!と叫ぶ臨也は涙目だ。そんなに知られたくなかったのか、と他人事だからこそ思って。
静雄は臨也を抱き締める腕の力を少しだけ緩くした。
そのまま睨みつけてくる相手の唇に己のそれを重ねて啄ばむと、臨也は拒むように口をきゅっと閉ざす。

「臨也」

柔らかい声で名を呼ぶが、拒絶するようにふいと顔を反らされる。
どうやら相当機嫌を損ねたらしい。
そう判断し、静雄は再び写真に視線を落とした。
写真の中の幼い臨也は白いワンピースを着て花束を抱えて無邪気な笑顔を見せている。こいつにもこんな時代があったんだなというのが静雄の素直な感想で、同時にいつからこんな捻くれた性格になっちまったんだろうなと嘆く。
少なくとも、裏面の『折原臨也4歳』の文字がなければ、静雄は臨也の親戚か何かだと思っただろう。それほど、女装であることを差し引いても写真の中の子供は今の臨也とはかけ離れていた。

「もったいねぇ…」
「何が」
「池袋の平和のためにも、手前がこのまま成長してれば良かったって話だ」
「……俺に女装趣味はない」
「そっちじゃねぇよ」

臨也の拗ねた声に応じながら、もったいないと思う一方で静雄はこれでいいのかもなとも思う。
少なくとも、臨也が今の臨也でなかったら、自分とこんな関係になることは決してなかっただろうし、そもそも出会いさえしなかったかもしれないのだ。それを思えば、もったいないが諦めはつく。
…結局のところ、自分は今の臨也にベタ惚れなのだ。そう自覚しているから、静雄は臨也に気付かれない程度に苦笑を零すだけでそれ以上その話を続けるのは止めた。
かわりに。

「で、そっちに隠したのは何が写ってんだ?」

と問う。
途端ギクリと固まった臨也を笑いつつ、静雄はしてやったりという顔で暴れる臨也を押さえ込んで、その後ろのファイルに手を伸ばしたのだった。












※ちなみにファイルの写真はすべて(強制的に)シズちゃんのものになりました。