※季節を完全に無視した秋の話。
















その日は、とてもいい天気だった。
朝から青が空一面に広がって、真夏を思わせる太陽光がアスファルトに照りつけ、容赦なくその温度を上げさせていた。
「いや、ホント勘弁してほしいよねぇ」
もうすぐ冬だっていうのにさぁ。
そう呟いた臨也は、目の前のストローを咥えて啜る。
ひんやりとしたアイスコーヒーを口の中でじっくりと味わい、まずまずだなと及第点をつけてから。
臨也は空調の利いたカフェから蒸し暑い外を眺めた。

「…さすがにしばらくは出たくないなぁ」

下手に外に出れば長袖に夏物コートという非常にアレな格好をしている彼は熱中症になりかねない。
仕事で仕方なく池袋まで出向いたが、正直こういう日は自宅にずっと篭っていたい気分だった。
本当は帰ってシャワーを浴びてすっきりしたい。
そんなことを考えながら、もう一口コーヒーを飲む。

「あ、シズちゃんだ」
やばいな、見つかるかな。
窓越しに静雄の姿を認めて、臨也は落ち着きなく視線を動かした。
外は見えるが窓際ではなく、しかもそれほど目立たない場所に座ってはいる。だが、あの妙に勘のいい天敵のことだ。気づかれる可能性は高かった。
やだなぁ、暑いし走りたくないしどうしよう。
そんなことを考えていると、静雄が足を止めた。
目の前には女の子だ。制服姿だが、この辺の学校のものではない。
どこのだったっけと思いつつ眺めていると、女の子は何か静雄に話しかけているらしい。
その行動から、やはり池袋界隈の人間ではなさそうだと結論付けて。
臨也はコーヒーを啜りつつ観察の体勢に入ってしまう。

「…何かな…?シズちゃん相手に相談とかないだろうし、そもそもシズちゃんの知り合いにあんな子いないはずだし。逆ナン?まさかいきなり告白とかだったりして」

静雄は黙っていれば整った精悍な顔の男だ。真昼間からバーテン服を着ているので場違いな感じだが、それを差し引いてもキレなければいい男だと――恋人の欲目ではなくきわめて客観的に――臨也は思っている。
「けっこう可愛い顔した子だけど、シズちゃん年上好きだしなぁ」
華やかな顔立ちで女性らしい所作を見せる少女とそれに困ったように応対する静雄の姿に、臨也は若干機嫌を下降させつつ呟いた。
「シズちゃんのばーか。恋人がここにいるってのに気付きもしないでデレデレしちゃってさ」
実際にはデレデレなどしていないのだが、惚れているからこその嫉妬を発動させた臨也の目にはそうは映っていないらしい。
氷だけになったグラスをテーブルに置き、ストローで中の氷をカラカラと回す彼は非常に不愉快そうな表情を浮かべていた。
そのまま外の二人はしばらく何やら話していて。
少女がぺこりと頭を下げて向きを変えて走り去ったことで終わりを告げた。
ふんと鼻を鳴らしてコーヒーのおかわりを注文して、それから臨也はむっすりとむくれて窓越しの静雄の横顔を睨みつける。
と、静雄がくるりと振り返って顔を臨也のいる方に向けた。

「あ」

目が合った。そう思った瞬間にはもう遅く。
静雄は険しい表情で臨也を睨んだまま、まっすぐ臨也のいる店に向かって歩き出す。
そして、すぐに店の中に入ってきた静雄は店員に何事か告げてから臨也の席にやってきた。

「手前、ここで何してやがる」

唸るような声が降るが、臨也は静雄が近寄った瞬間に香った香水の匂いに眉を顰めて静雄を睨む。

「シズちゃん臭い」
「ああ゛?」
「香水。臭い」
「ああ、あの女がつけてたんだよ。見てたんだろ」
「………」

静雄の言葉に、臨也は面白くなさそうにさらに眉を寄せた。
「それで何?デートにでも誘われた?」
「あー…いや、告白されただけだ」
「ふうん」
じろりと睨む臨也に、ばつが悪そうな顔をして。
それから静雄はそうじゃねぇと首を振った。
「そうじゃねぇだろ。何で手前がここにいるんだよ」
「仕事。で、その後暑くて耐えられなくてここに入ったの」

素っ気なく言い放つ臨也はどうやら相当機嫌が悪いらしい。
それを察して、静雄は困惑気味の視線を彼に送った。
だが、それは完全に無視され、それどころか、
「で?何。あの子と付き合うの?」
とまで言ってくる。
ありえないと分かっているからこそなのだろうが、試されているようで静雄は不愉快になる。
頭痛をこらえるようにこめかみに手を当てて。

「手前がいるのに付き合うわけねぇだろうが」

そう言って、臨也に手を伸ばそうとしたが、その手はべしりと叩き落とされた。
「触るな」
警戒もあらわな恋人に一体どうすればいいのか。
静雄はふうと大きく溜息をついて、臨也の向かいのイスを引いて腰掛ける。

「おい臨也」
「何かな。別れ話なら聞きたくないよ」
「んな話はしねぇし、むしろさせる気もねぇぞ」

話しつつ再度手を伸ばすが玉砕。
静雄はイライラと臨也を睨んだ。
言いたいことがあるならはっきり言えばいいのだ。明らかに臨也は拗ねているが、だからと言って手を避けられるのは納得がいかなかった。
しばらく何度も同じ攻防が続く。
途中、彼らが完全に離れたタイミングで割り込んで、何とかコーヒーのおかわりを持ってきたバイトと思しき青年を褒め称えたくなるほど、彼らの攻防は傍目にはゲイカップルがただじゃれているようにしか見えなかった。これが犬猿の仲だと知られている静雄と臨也でなかったら、誰もが自分の見た光景をそうだと捉えただろう程度に、そうとしか見えなかった。

じりと手を伸ばす静雄に、同じだけ身を引くか素早く払うかする臨也。
異様な緊張感の中、痺れを切らして静雄が口を開く。

「手前いい加減にしろよ」
「君が触ろうとしなきゃいいんだろ」
「触りてぇんだよ」

訴えるように言ってみても、臨也の態度はつれないまま。
強硬手段とばかりに一気に臨也の手を掴みにかかれば、ナイフまで取り出す始末だ。

「触んな」
「…何でだよ」

うっすらと血が滲む手を引っ込めつつ静雄が不満げに問えば。
臨也はしばらく逡巡して、それからぽつりと呟いた。

「…だって、今俺、絶対汗臭いし」

こころもち上目遣いに睨みながらの答えに。
――何なんだこの可愛い生き物は!
と静雄は内心悶絶することになったのだが。
そんな静雄の気持ちなど知るはずもなく、臨也はとにかく側に寄らないでと威嚇するのだった。












※乙女な臨也さんのはなし。…だったのか…?
汗臭いだろう自分と香水の匂いのする女の子を比べてついつい気になっちゃう臨也さんとか書いてみたかっただけです。