so sweet
※『猛獣』設定。
















ああ、そう言えば。
と、唐突に臨也は思った。
そのまましばらく記憶を掘り返し、うん、と頷いて。
そして、呟くように彼は言う。

「ねぇ、シズちゃん泣いてみない?」

唐突過ぎて意味が通じるはずもなく。
静雄は雑誌を捲りかけた手を止めて、は?と言わんばかりの表情で臨也を見下ろした。

「だから、泣いてみない?」

静雄の膝の上。硬いと文句を言いながらもお気に入りの膝枕をしたまま。
変わらぬ邪気のない声で再度、思ったことを口にする臨也。

「何だそりゃ」

そう言ったのも仕方ないというものだろう。
時々――否。常に、だ――突拍子もない事を考える臨也を理解するのは、長く深い付き合いの静雄にも難しいのだ。

「何って、いや…何となくここ数年シズちゃんの泣き顔って見たことないなーって思ってさ」
「…別に、見てるだろうが」

静雄が濁した言葉をしっかり理解して、臨也はくすくすと笑う。

「そういうことじゃないよ。そりゃまあ、それも悪くないけどさ。俺が言ったのは普通の泣き顔のこと」

仰向けのまま、手だけを伸ばして静雄の目元をなぞる仕草をして。
臨也は目を細めた。

「シズちゃん、ホントに我慢強くなったよね」

昔、小さかった頃。
暴力を振るってしまうたび、後でうっすらと悔しげに涙を浮かべていた子供はもういないのだと。
そう思って、臨也はそれが嬉しい反面、少し残念だった。
シズちゃんはそういう顔も可愛いんだ。
それが彼の言い分で、だから、見たいと思っただけだった。
昨夜、散々酷使した体の節々が痛むのを感じながら、臨也は身を起こして静雄の額にキスする。

「泣いてもいいのに」
「…泣かねぇよ」

いい年した男が泣くとか、恥ずかしいだろうが。
そう答える静雄は本気で、臨也は残念と呟いて、だるい体を再び横たえた。
眠い。気を抜くと眠ってしまいそうなほど、体は疲れている。

「俺さ」
「何だ?」
「シズちゃんのこと慰めるの、嫌いじゃなかったんだよね」
「?」
「ほら、だってさぁ考えてもみなよ?その間はシズちゃんの世界は俺だけだ。…少なくともさ、あの頃はそう思ってたんだ」

とろとろと眠りの淵を彷徨いながらの言葉は、ふわふわと柔らかで。
臨也の薄暗い独白めいた言葉は、それで帳消しになっていた。

「手前はやっぱり馬鹿だな」
「ひっどいなぁ、かわいい独占欲じゃないか」

眠さに負けて瞼を閉じた臨也が静雄の言葉に文句を言うが、その声すら眠気に囚われている。
それを可愛いと思った静雄は自分も馬鹿だと一人ごちて、臨也の雑誌を床に置いて臨也の髪を梳いてやった。

「馬鹿だよ手前は。俺はあの頃からもう――」

そこまで言って言葉を切る。
それから、聞こえる微かな寝息に小さく溜息。
既に臨也は眠っていたらしい。

「ったく…人の話は最後まで聞けよ、臨也くんよぉ」

せっかく喜ぶだろう告白をしてやろうと思ったというのに。
そう思いつつ、静雄は幸せそうに目を細めて、柔らかな微笑を浮かべた。
そして。
愛しい愛しい幼馴染の頬に。
静雄はありったけの愛情を込めて、キスを贈った。












※猛獣2匹のある休日の話。