アニマルセラピー side:I
※8年後。
















ああもう、ホント勘弁して欲しいなぁ。
そう思いながら、臨也は膝に乗せたノートパソコンのキーを叩く。
できれば机でやりたい作業をこんなところでしている理由は一つ。自分を抱き締めて一人反省会をしている男のせいだ。
またトムさんに迷惑をかけたとか何とか。
そんなことよりも自分の迷惑を考えて欲しいものだ。
ふんと鼻を鳴らして、臨也は八つ当たり気味にキーを叩いていく。

アニマルセラピー。

そう言えばそんなことを言ったか、と臨也はふと思い出す。
正確にはアニマルアシステッドセラピーなのだが、まあ、そんなことをこの男が知っていようはずもないだろう。
はあ、と小さく息を吐き出して、臨也は眉間に皺を刻む。
高校時代。まだ付き合っていなかったこの男からの、唯一暴力の絡まない接触。
普段は臨也を傷つけるために動く手が、酷く優しく触れてくるのが何故か心地よくて。
好きにさせ続けた結果が、今だ。
調子に乗った男に交際を迫られて、流されるまま付き合った。
その手を心地よく感じる理由を知った今だからこそ問題にしないが、考えてみればなかなかどうして策士な男だと思う。
多少過剰なスキンシップへの抵抗も、臨也が原因だからの一言と馬鹿力で捩じ伏せて。
度重なるそれでゆっくりゆっくり臨也の警戒心を削いで――、

「ちょっとシズちゃん、何してんのかな?」

思索に耽っているうちにシャツをたくし上げて忍び込んだ手のひらに。
臨也は不愉快だと眉を寄せる。
仕事の最中にいきなり乗り込んできていつものように抱き付いただけでは飽き足らず、さらに何をしようというのか。
調子に乗るなと憤慨し、睨み付けるために振り向いた臨也に、静雄が笑う。
やっとこっちを向いたと言わんばかりの笑みだ。

「…君ねぇ」
「手前が構わねぇからだろうが」
「……俺は仕事中なの。いつもいつもいつも君の都合に合わせてやれるほど暇人じゃないの」
「いいから構えよ」

最悪だ。
昔っから人の話など聞きやしないやつだが、こうなるともう絶対に我を押し通す。
長い付き合いでそれが分かっているだけに臨也は苦虫を噛み潰したような顔をして。
それから、本日の仕事のうち今日でなくてもいいものを明日に回すことにした。

「しーずちゃん、ちょっとでいいから手を離してよ」
「嫌だ」
「じゃあせめて撫で回すのやめて」
「嫌だ」
「………」

するりと脇腹を滑った手が、わざとらしく胸を掠める。
何度か繰り返されれば、すっかり開発された体は否応なく反応を返し始めた。

「っ…ぅ…ちょっと、シズちゃんっ」

くりくりと押し潰すように弄られて、さすがに耐え切れずに声が漏れる。
それに気をよくしたのだろう。静雄のもう片方の手も不穏な動きを見せはじめて――

「いい加減にしろこの変態!」

臨也は我慢の限界を感じて、その手にナイフを突き立てた。
もちろんたいして刺さらないのは分かりきっていたが、牽制くらいにはなる。

「臨也くんよぉ…なぁにしやがんだ?ああ゛?」

案の定、びきりと静雄のこめかみに青筋が浮かぶ。
臨也はそれを鼻で笑ってやって、それから静雄のドスの利いた低音に負けないほど剣呑な声を出した。

「シズちゃん、君ってホント駄犬だよね。待てもできないとかどれだけ馬鹿なの?」
「ああ゛?何言ってやがんだ手前?」
「煩い。あと一件終わらせたら気が済むまで構ってやるから待てって言ってるの俺は。いいね?」

びしりと指を目の前に突きつけて言ってやれば。
静雄は僅かに眉を寄せ、考える仕草をする。
今すぐ行動を起こせば臨也はどんな手段を使ってでも静雄を追い出すと決めていた。
それが伝わったのか。静雄は分かったと口にし、臨也を囲う腕を解く。
臨也はよしと頷いて、メールをいくつか送って。それから、パソコンの電源を落として。
最後の仕上げに電話をかけた。
静雄のせいで滞る仕事を考えると頭が痛いが、仕方ない。

「…ええ、では明日の午後に」

予定をずらしてでも静雄を優先するのは、結局臨也が静雄に甘いからだ。
自覚しているだけに、そして自重できないだけに性質が悪い。
習慣化してしまったものとは言え、望まれれば嬉しいし、求められれば応えたくなる。
自分も立派に医者もさじを投げる病の罹患者であるらしいことにくっと低く哂う。

「終わったか?」
「うん。もういいよ」

手を伸ばしてくる相手に今度は自分も応えてやれば。
性急な相手は臨也を抱えて寝室へと向かう気らしい。
その肩に担がれた体勢で、臨也はまた、静雄の言葉を思い出した。
アニマルセラピーねぇ。
そう思い苦笑する。
乱暴にベッドに下ろされて、せっかちすぎだとからかう余裕もなく深く口付けられて。
それ以上に余裕のない欲情した眼差しに口の端を歪めた。
こんな駄犬じゃ刺激はあっても、癒されるはずなどない。
臨也は深い深い溜息をつきながら、静雄の愛撫に身を委ねた。












※結局は犬と猫がじゃれ合ってるだけの話。