静雄は頻繁ではないが新羅のマンションに行く。
今回もそうだった。
ただし、
「ああ”?」
なぜかそこのソファーに(ある意味)見慣れた男が、ふんぞり返っていた。
静雄を招き入れた部屋の主は気配からしてどうやらキッチンにいるらしい。
「やあ、シズちゃん」
「…ノミ蟲、手前ッ」
条件反射で頭に血が昇った。
臨也がいるなどと部屋の主――新羅は言っていなかった。そして、もし聞いていたなら、絶対に部屋になど上がらなかったと断言できる。
折原臨也は静雄にとって天敵であり、そして…目下最大の懸案事項…いや、誤魔化す意味はないので言ってしまえば、何をとち狂ったか恋心を抱く相手なのだ。
今日も新羅にその相談に来たというのに、まさか本人がいるとはどういうことだ。
そう思い、次に紡ぐ言葉を思案する静雄の耳に。
この状況の元凶だろう友人の声が聞こえた。
「やあ静雄くん、よく来たね。あ、君も紅茶でいいかい?」
「…おう」
あまりに自然な態度に呆けたまま返事をして、それからはたと正気に返る。
「手前!なんでノミ蟲がここにいやがるんだ!?」
一気に吹き上げた感情のまま、胸倉を掴んで睨み付ける静雄に。
新羅は「いや、あははは」とひきつった笑みを浮かべた。
そして、臨也に聞こえない程度の声で、言った。
「君の相談事なんだけどね。いくら僕に話しても埒があかないし、いっそ本人に言ってみたらどうかなって思ってさ」
「っ…言えるわけねぇだろうがっ」
つられて小声で、それでも最大限声を荒げた静雄だったが、新羅はそうかな、と首を傾げただけである。
「直球に好きだって言えって言ってるわけじゃないよ?ただ、臨也に好きな奴がいるんだって相談してみれば、何かしら臨也からリアクションはあるよね。それでこれからどうするか方針を決められるじゃないか」
「………」
そうだろうか?
そう思うが、反論する材料もない静雄は眉間に皺を寄せ黙り込むしかない。
すでに半分意識はすぐそばのソファーで寛ぐ想い人にいってしまっている。改めて意識した途端、一気に心臓の鼓動が激しくなり始めていた。
「ねぇ、新羅。ところで俺って何で呼ばれたわけ?シズちゃん来ちゃったし、用がないなら帰りたいんだけど?」
臨也の声に大げさな反応をしてしまうのも仕方ないというものだ。
びくりと大きく肩を揺らした静雄に、臨也は訝しげな表情をする。
「シズちゃん?」
呼びかける声に邪気はない。
純粋に、不思議に思ったのだろう声だ。
「…お、おう」
応じて振り返った静雄の目に映る臨也は、首を傾げて酷く無防備な表情をしていた。
どくり、と心臓が一層高く鳴った。
「い、臨也…あのな…」
何を言えばいいのか。何から切り出せばいいのか。
気ばかり焦って声が出てこない。
そんな静雄に苦笑して、新羅は臨也に用件を告げた。
「臨也、静雄の相談に乗ってあげて欲しいんだけどいいかい?」
「…?シズちゃんが俺に相談?別にいいけど…何で俺?」
「いや、僕も何度か相談を受けたんだけど、どうもいいアドバイスができなくてね。その点、人間観察が趣味な君なら何かいいアイディアを出してくれるんじゃないかと思ったんだよ」
新羅の言葉にふうんと呟いて、臨也は静雄に向き直る。
「シズちゃんは俺でいいの?」
「…あ、ああ…頼む」
頷く静雄に、臨也はそっか、と何故か気が抜けたような表情をして。
それから、いいよと答えた。
何となくほっとした静雄が臨也の向かいのソファーに座るのを横目に、新羅はそっと席を外す。
「まさしく、合縁奇縁だね」
そんな言葉を口にした新羅に答える余裕は静雄にはなかったし、臨也は不思議そうな顔をしただけだった。
後日、臨也と付き合うことになったと報告に来た静雄に、新羅は「僕ってば愛のキューピッドだよね!ここはお礼としてぜひ解剖――」とそこまで言ってデコピン(一応世話になった自覚はあるので加減したらしい)されたのだが、まあ、余談である。
※相談役=新羅さんが定着しつつあります。
両片想いはおいしいですよね、という話。最終的に告白するのはどっちからでもいいんですが、なかなかくっつかないとよりおいしいです。