一つ屋根の下
※『猛獣』設定。ぱちゃ、と水音を広い浴室に響かせて。
静雄はようやく一息ついて、湯船の中で体を弛緩させた。
大きく息を吐き出して、それから僅かにずらした視線の先。
見下ろす形になった白い首筋にいくつも浮かぶ赤を見つけて口角を釣り上げる。
背後から抱きしめるようにして支えた細身は、無防備そのものだった。
くったりと全身の力を抜いて静雄に身を預ける臨也は、放っておけば水没しかねない。
「臨也」
「…ん、なに?」
呼べば、掠れ気味な声が返った。
振り向かないのは多分、体を動かすのが億劫だからだろう。
静雄は臨也の濡れた黒髪を梳いてやりながら、言う。
「眠いなら寝ちまってもいいぞ」
「…ねむくは、ないよ」
「そうか?」
「うん」
はふ、と息を吐き出す音を聞きながら、静雄は臨也の手をとる。
男にしては繊細な作りの、細くて白い指だ。
どこでつくったのか――たぶん数時間前の喧嘩の際だろうが――、うっすら赤くなった擦過傷を見つけ、口まで運んで舌を這わす。
「ん…っ」
なんだと肩越しに視線で問われ、傷、と口にした。
「せっかくきれいな手してんだから、傷作ってんじゃねぇよ」
「…追いかけた本人に言われてもなぁ」
もったいねぇ、と呟いて。
静雄は臨也の言葉は無視して傷口を何度か舐める。
それで治ればいいのだが、生憎、いかに化け物じみた力を持つ静雄にもそんな能力はない。それでも傷は舐めるか接着剤でくっつけるものだと本気で思っている静雄は丁寧に丁寧に、傷を舐めて清めていく。
「…口の中ってさぁ、雑菌だらけだって知ってる?」
「ん、そうなのか?」
「……まあ、シズちゃんだし、ひょっとしたら治癒効果があったりして」
ないだろうけど、と小さく笑って。
臨也は静雄にすり寄るように肩口に頭を預けた。
「つめ」
「うん?」
「つめ伸びたな」
「そう?」
「ああ」
「そっかぁ」
じゃあ、切ってね。と、気軽に口にして、臨也は満足そうに息を吐いて、頭を撫でろとねだってくる。
すっかり我が侭な幼なじみの世話を焼くのが当たり前になってしまったことは。
だが、静雄にとっては、強すぎる独占欲を満たすための大事な一要素になっているのである。
※静雄さんは臨也さんのお世話係(むしろ飼育係)のようなものです。