日常茶飯事、といえば日常茶飯事だ。
恒例の命がけの鬼ごっこをする二人は、いつものように通りを駆け抜けていく。
だが、どうやら本日の軍配は静雄に上がったらしい。

入り込んだ裏路地でさっさと静雄を撒こうと思っていた臨也は、飛んできた自販機を軽やかに避け反対に逃げようとして――
「ッ!?」
ガシャンと派手な音を立てて目の前に落ちてきてひしゃげた鉄の塊に、口元を引き攣らせた。
本日二個目の自動販売機だ。あまりたくさん設置されているのも考え物である。
仕方ない、上に逃げるか、と思考を切り替えた瞬間。
頭上に次なる凶器が振り下ろされた。

――うわっ、やばっ!追い詰められた!?

いつの間に接近されていたのか。静雄が目前に迫っていた。
自動販売機の連投で退路を塞がれ、唯一の逃げ場である上空は振りかぶられた凶器がある限り使えない。クソッと臨也は歯噛みする。
静雄のいる正面に飛び出すにしても、静雄が振りかぶっている凶器――道路標識を今更避けるのは困難だった。このままでは、最悪一発は確実に喰らう。

「ッ!」

背に腹はかえられない。
臨也は噛み締めていた奥歯から力を抜き――

「シズちゃんストップ!」

叫んだ。
聞く気がないのかそのまま凶器を振り下ろそうとする相手を見上げて手を振って。
それ直撃したら俺死ぬから!!と声を上げれば、舌打ちされた。
がらんと音を立てて標識は地面に放られる――が、ほっとしたのもつかの間、僅か一歩で距離を詰めた静雄にぐいっと胸倉を掴まれ、吊り上げられてしまう。
明らかに殴る気だ。
ざっと血の気を引かせて臨也は必死で頭を振った。

「ちょっと待って!シズちゃん!」
「ああ゛?誰が待つかよ」
「いや待ってってば!俺の話を聞いてよ!」
「手前の言葉なんざ聞く耳持――」
「今日の晩ご飯!」

…………。
静雄の動きが止まった。
それにほっとしつつ、臨也は言葉を続けるべく口を開く。

「予定は7時。今から帰れば予定通り夕食が作れます。ちなみに――」
「………」
「本日のメインメニューは、俺特製・豚肉の生姜焼きです」
「…………」

臨也の言葉が終わって、しばらく見詰め(?)合って。
それから、ぱっと手を離した静雄は、何も言わずに歩き出し、臨也の横をすり抜けて行った。
おや?釣られなかったのかな?いやでも殴らないでくれたしねぇ?と首を捻って、静雄の姿を目で追う臨也。
すたすたと歩いていく静雄の足取りに迷いはない。
――と。
その足がピタリと止まった。
くるりと振り返った静雄は眉間に皺を寄せたまま、おい、と呼びかけてくる。

「さっさとしろ、ノミ蟲」

置いていくぞ、と言われて。
そこでようやく臨也は静雄が何を言っているのかを理解した。
なんだ、しっかり釣れてたのか、とか。
そういうこと言うヤツには作ってやらないよ、とか。
そう思ったのだが。
振り返ったまま大人しく待っている静雄に悪態を吐く気は起きなくて。
臨也は「はいはい」と返事をして彼の方へと歩き出した。












※餌付け済みです。