「いろいろ面倒とかあると思うけど、とりあえずよろしく」
※同居パラレル。同居1日目の話。
















「どうぞ、入っていいよ」

そう言われて。
静雄は「おう」と小さく答えて、そこに足を踏み入れた。
これが、二人の同居生活の最初の一歩だった。



何があってこんなことになったのかは正直思い出すのも嫌なので割愛するが、ともかく静雄は今日から新宿にねぐら移すことになった。
しかも、天敵である折原臨也の住むマンションの、同居人…というか居候としてだ。

「こっちが君の部屋。…まあ、ただの空き部屋で何もないけど、君の無事な荷物はもう運んでもらってるから。好きに使っていいけど、女を連れ込むのは不可。あと、あっちが――」

そう静雄に間取りを説明する臨也が、この厄介な事態をどう考えているのか。
それは静雄には知りようがなかった。
ただ、渋りながらも最終的に静雄の居候を認めたのは臨也自身だ。
そこにどんな意図があるにせよ、静雄と事を荒立てる気はないのか、先程からやけに静かで絡んでくる気配もない。

「…シズちゃん、人の話聞いてる?」
「あ、悪ぃ。一応聞いてた…と思う」

はあ、と溜息をつくその表情にいつもの嫌味はない。いつもなら言葉の端から感じる悪意も、まるでない。
別人のような臨也の態度に、静雄は奇妙なものを見る目を向けたが。
それすら臨也はさり気ない動作で気付かない振りを決め込む気らしい。

「まあいいや。分からなかったらその時に訊いて。でさ、君、料理とか出来る?」
「一応は」
「そっか。じゃあ家事は交代制でもいいか。うーん…しかし面倒だね」
「あ?」
「いや、君が面倒だって言ったんじゃないよ?俺、今まで家族以外と暮らした経験がないからね…どうしたらいいのかなと思ってさ」
「別に、無理に同居しなくても構わ――」
「ストップ。俺もドタチンたちに君の監督を頼まれた身だからね。今更同居しないなんていう気はないよ。それにいくらなんでも池袋最強をホームレスにしとくわけにはいかないだろ?どこの誰に利用されるか分かったもんじゃない」

俺以外がシズちゃんに勝手にちょっかい出すとかムカつくんだよね。
そう言って。臨也は静雄にソファに座ればいいと勧める。。
突っ立っているのもなんなので素直に座ると、臨也も向かいのソファに腰掛けた。
そして、

「とりあえず、一応ルールは決めようか」

そう、厳かな声で告げる。

「ルール?」
「うん。俺とシズちゃんはいつも喧嘩ばっかり…って言うか、喧嘩しかしてないだろ?でも同居する以上、ここで喧嘩するのは困るんだよ。だから、ルールを決めるわけだ」
「…あー…なるほどな」

そういうことなら、と静雄が頷くと。
臨也はふわりと微笑んだ。

「………」
「?なに?」
「…いや、何でもねぇ」

予想外だった。
ふんわりとした穏やかな笑みを、あの臨也が浮かべるなど。静雄は想像したこともなかったのだ。
それだけにインパクトは大きかった。
無駄に心臓がドキドキしている。

「ふうん。まあ何でもないならいいけどね。でさ、まずは――」

その後、細々とではなく、忘れない程度の最低限のルールを決める間。
臨也は始終穏やかな態度で静雄を困惑させてくれたのだった。
そして――

「まあ、こんなものかな」
「おう」

ようやく決め終わって、何故か無駄に緊張した静雄は大きく息を吐いた。
それを見て臨也が小さく笑う。

「お疲れ様」

コーヒーでも淹れようか、と言うので「頼む」と答えて。
静雄は目を閉じて、ここに来てから見た臨也の姿を脳裏で再生した。

「…なんて言うか…あれが演技じゃねぇなら何とかなるかもなぁ」

同居は生憎お試しではない。
現在静雄は先程の臨也の言葉通り、臨也の監督下にあるのだ。
同い年の男としては情けない限りだが、新羅や門田だけでなくセルティにまで迷惑をかけた今回の騒動――やはり思い出したくないので割愛するが――を思えば、これもやむをえないものなのかもしれない。
臨也に白羽の矢が立てられた経緯は正直適当過ぎる上に納得がいかないが、だが、臨也がああであるならば何とかなりそうな気がしてきていた。
静雄は今の臨也なら普通に付き合っていけそうだと考え、コーヒーの良い香りが漂い始めた新たな住居で小さく安堵の溜息をついたのだった。












※同居生活に不安いっぱいだった静雄さん。

ちなみにこのマンションは臨也の事務所兼自宅とは別のマンションです。