Paradise Lost
※携帯臨也とシズちゃんの話。
















人型携帯というものがある。
文字通り、人型をした携帯電話のことである。
手のひらサイズと人間サイズから選択して色々外観もカスタマイズが可能な彼らは人気が高い。
そして、池袋最強と名高いかの自動喧嘩人形も、その人型携帯の愛用者であった。





「シズちゃんトムさんからメールだよ」
「おう、何だって?」
「うん…えっと、明日時間変更。午後二時からになったから午前中は休み、だって」
「わかりましたって送っておいてくれ」
「はーい」

静雄の肩にちょこんと座るちいさな人型携帯。
それが、静雄の携帯、登録名『いざや』だ。
半年ほど前、携帯を壊した静雄に上司であるトムが少しは大切にするのでは、と選んだのがこの人型携帯だった。
そして、上司のその思惑は見事にはまり、静雄はいざやをとてもとても大事にしている。

「いざや、電池大丈夫か?」
「うん、まだ大丈夫だよ。シズちゃんは心配性だねぇ」
「手前がいっつもぎりぎりまで何も言わねぇからだろうが」
「だってシズちゃん忙しそうなんだもん」
「別に忙しくてもそれくらいできる」

携帯は自分で充電できない。それは人型であっても同じだ。
持ち主の意志――どんな事情かはさておき滅多に充電しない…電池切れで放置という持ち主もいるにはいる――を尊重した結果だというそれは静雄にしてみれば不便だったが、いざやの為だと思えば細かく気を配るのも苦ではなかった。

「そろそろ寝るか…」
「わかった。あ、明日は何時に目覚ましかける?」
「あー…じゃあ8時に頼む」
「了解」
「おやすみ、な」
「うんおやすみー」

そんな日常が、ずっと続くのだと思っていた。











「いざや?」

仕事からの帰り道。
静雄はいざやが肩にいないことに気がついて頭に手をやるが。
やはり、いない。

「おい、いざや!?」

いつもだったらうっかり置き忘れてもちょこちょこと後ろをついてきて、うるさく忘れ物だよ!とか俺を忘れるなんて酷い!とか言う相手が、見あたらなかった。
ざっと血の気が引く。
昼までは一緒にいたのだ。ファストフード店でトムと昼食をとっていた静雄に、いざやはそろそろ電池がやばいかも、と言っていた。

「…まさか電池切れかよ」

だから早めに言えと言ったのだ。
慌ててとって返す。
記憶を必死で辿って元来た道を歩いて探すが、見つからなくて。
ついに友人の新羅のマンションに行って協力を求めた。
新羅だけでなく門田やその仲間まで手伝って探してくれたが、やはり見つからなかった。

『静雄、あまり落ち込むな。大丈夫だ。誰かが拾ってくれているかもしれないし、いざやは賢いから電池さえ充電してもらえればどうにかなるはずだ』
「…そう、だな」

新羅の携帯であるセルティ――ちなみに彼女は人間サイズだ――の言葉に頷いて、静雄はいざやの無事を祈る。
だが、それから数日してもいざやは発見されなかった。

「静雄、とにかく一度利用停止したほうがいいよ。登録されてるデータを悪用する人間だっているんだよ?」
「………」

新羅の助言に、静雄は素直に頷くことができなかった。
人型携帯は人間による操作がなければできることが極端に少なくなる。そのできることをさらに制限してしまう利用停止は目を覚ましたいざやにはショックなのではないかと思ってしまうのだ。

「悪用されてからじゃ遅いし、どちらにしろ人型携帯は自分じゃ電話もかけられないから今のままにしておく意味はほとんどないよ?」
「……わかってる」

新羅の言うとおり、人型携帯は電話を自分でかけることができない――勝手にかけられないようするための措置であるらしい。
警察に届けられない限り、再会は難しかった。

「明日、携帯ショップに行ってくる」

そうして、翌日利用停止の処理をしてもらって。
静雄は仕事の後や合間に、毎日のようにいざやを探し続けた。



それから一年――。



「っ」

その姿を見た瞬間に、静雄にはその男が『いざや』だと分かった。
姿はまるで違う。
手のひらサイズの小さかったボディは人間サイズのそれに変わっていて。
小さかった手足はすらりと長く、丸みのあった顔はすっきりと細くなっていたけれど。
それでも、静雄には分かった。

「いざや!」

叫んだ静雄に男が振り返る。
独特の色合いの瞳は大きくなっても健在だった。
その目を一瞬だけ見開いて。
男はすっと目を眇め、口の端をつり上げる。
厭な笑みだった。

「やあ、シズちゃん」

久しぶりだね。と発された声は酷く冷たく乾いていて。
静雄は、今のいざやが静雄に抱く感情が何なのか、はっきりと理解してしまった。












※自分を好きだと言ってくれた小さな『いざや』はもうどこにもいなかった。

基本的に人間シズちゃん→(←)携帯臨也な話です。



↓は一番最初に再燃した時の気分のまま書きなぐったブツ。↑とまったく同じ設定。





















「クソッ!待て臨也!!」
「誰が待つか!シズちゃんのばーか!さっさと死ねっ!!」

そんな応酬をしながら走り抜けていく二人を見送って。
新羅は小さく溜息をついた。
九十九屋真一の人型携帯電話・折原臨也は、かつて平和島静雄の携帯であった。
それを知り、かつ臨也が静雄を嫌う原因の一部を担った身としては、正直責任を感じずにはいられないのである。





臨也がまだ静雄の携帯であった頃。
一般的な人型携帯がそうであるように、臨也も手のひらサイズであった。
静雄は臨也をとても大切にしていて、今までの普通の(人型でない)携帯のようにうっかり握り潰してしまわないように細心の注意を払っていた。

「シズちゃんシズちゃん、トムさんから電話だよー」
「おう、サンキュ」

そんなやりとりをする彼らは微笑ましく、この日々がずっと続けばいいとすら思っていたのだ。
だが、それは唐突に終わりを迎えた。

「新羅、臨也がいねぇ!」

その言葉に、新羅や門田も臨也の行方を探したが、それでも臨也は見つからなかった。
電池が切れかかっていたということからおそらく電池切れになったのだろうと推測はできた。
ほうぼうを探してみても見つからず、ついに新羅が一時的に利用を停止するべきだと提案した。
これが、間違いだったのだ。
1年以上電池切れのまま生け垣の下で放置され続けた臨也は九十九屋に拾われて。
目を覚ました臨也は、1年という月日が経過していること、自分の利用が止められていることを知り。
そして、自分が静雄に捨てられたのだと勘違いした。
どんな手を使ったのかは知らないが、完全の契約を解除した臨也はそのまま九十九屋の携帯となって、姿を変えて再び静雄の前に現れた。
人型携帯には大きく分けて二つの種類がある。省エネ型の手のひらサイズと、より高性能な人間サイズだ。
今の臨也は九十九屋にいろいろ機能を付け加えてもらうとともにボディもバージョンアップさせて人間サイズになっている。
むしろよく臨也だと静雄はわかったものだと感心するほど、今の臨也と昔の臨也は違う。

「愛の力かなぁ」

もっともその愛は残念ながら臨也には一片たりとも伝わってはいないのだけれど。
臨也は自分を捨てた静雄を憎んでいる。
だから、本気で静雄を殺そうとする。
意志を持つ携帯である彼らは、ロボット同様に人に危害は加えられないようにプログラムされているはずなのに。
違法改造の結果か、はたまた臨也の憎しみが深すぎたのか。
ともあれ、静雄は命を狙われ続けているのである。

「…どうにかできればいいけど」

説得に応じる気配のない臨也相手に苦戦しているのは静雄だけでなく新羅も同じなのだ。
あーあ、前途多難だね、と呟いて。
新羅は空に舞い上がった自動販売機を眺め、溜息をついた。


※こんな設定で絵茶で遊んでました。