責任はきちんと取りましょう
※シズ⇔イザ。














それを見た瞬間、本気で臨也は今すぐ踵を返してこの部屋を出るべきだと思った。
何故こんなことになっているのか、状況が分からない。分かりたくもない。

「…お邪魔しました…」
「おい待て!行くんじゃねぇノミ蟲!!」

うん。元気そうで何よりだ。
そう頷いて、臨也は自分のマンションからとりあえず避難することに決めた。
冗談じゃない。俺は関わらないと本気で思う。
だが、声の主はそんな臨也の逃亡を阻止すべく声を張り上げている。かなり煩い。
溜息をついて、諦めてそちらに向き直った。
考えてみたらこの場所は臨也の事務所であるわけで、このままというわけにもいかないのだ。

「ねぇシズちゃん。一応聞いてあげる。なんでそんなことになってるの?」

そんなことと示された静雄は忌々しげに唸って「新羅にやられた」と端的に答えた。
その手首は後ろ手に手錠で繋がれ、さらにご丁寧に鎖でベッドの足に括られている。
新羅がやったと言うならば薬も使われているんだろうが、それにしてはかなり元気だ。

「どうせならもっと弱らせておいてくれればいいのに」
「あ゛ぁ?」
「そんな声出しても手錠も壊せないシズちゃんなんて怖くないよ」

馬鹿にした声で言えば、がちゃがちゃと金属の擦れる音がする。が、やはり壊せないらしい。
やれやれと首を振ってから、臨也は静雄をわざわざここに置いていった闇医者に連絡を取ることにした。

「あ、もしもし新羅?」
『やあ臨也。そろそろかけてくる頃だと思ってたよ』
「とりあえず、これ何?」

端的に問えば電話越しに笑い声。
どうやら機嫌は良いらしい。

『君たちこの前僕らの家で暴れただろう?』
「あれは不可抗力だよ。後から来たくせに暴れたシズちゃんが悪い」
『うん。まあ、一概にそうとは言えないけど、俺もそう思ったからね。だから、静雄の方がそうなってるんだ』

その言葉に、臨也は眉を寄せる。
つまり、もし喧嘩を仕掛けたのが臨也だった場合、相手の家に手錠で繋がれていたのは自分だったわけか。
思い至った可能性にぞっとした。洒落にならない。

『いい加減君らも素直になりなよ』
「…なんのこと?」
『臨也、薬の効果は静雄の体質を考えた上であと半日くらいだと思う。今なら、静雄は君に抵抗できないよ?』
「…なにを企んでるんだい新羅」
『企んでるとはひどいなぁ!私は素直になれない君たちのためにお膳立てしてあげた親切な友人だっていうのにね』
「…余計なお世話だ」

うんざりした声で応じると、また笑い声。
だが、次に吐かれた言葉は朗らかにもかかわらず、明らかな脅迫だった。

『臨也、これで失敗したら次は君に薬を盛るからね?その時はたっぷり催淫効果のあるやつを使ってあげるから、覚悟しておいてよ』
「………」

やる。この男はやると言ったら絶対やる。
それが分かっている臨也は青ざめるしかない。
言葉さえ出てこない彼に、新羅はとどめを刺す。

『じゃ、頑張ってね!』

ぷつりと途切れた通話に苦々しい表情を浮かべて。
携帯をポケットに収めてから臨也は静雄に視線を巡らせた。
今までの会話から内容を推測することはできなかったらしく、彼は怪訝な表情をして臨也を見上げている。

「ねぇ、シズちゃん」
「なんだ?新羅はなんて言ってたんだ?」

イライラを隠さず問う相手に真っ正直に伝える気にもなれず、臨也はしばし思案した。

――どうするかなぁ。

新羅は本気だ。間違いなくこれが失敗すれば次は臨也が被害を受けることになる。
臨也は静雄が――同じくらいに嫌いではあるが――好きだ。
そして、静雄も臨也が好きだった。
その二人が両想いであるにも関わらずいまだにただの喧嘩相手に過ぎないのは、ひとえに臨也が静雄に誤解させ続けているからで。
だからこそ、新羅のあれはのらりくらりと現状を楽しんでいる臨也への警告の意味合いが強いのだろう。

「他人の思い通りになるのは癪だけど、まあ年貢の納め時だってことかな」

はふ、と溜息一つ。
なんだ?と眉を寄せる静雄の側にしゃがみ込み、その目を覗き込んで臨也は苦笑した。
誰かの手のひらの上で踊るのは本当ならごめんなのだが仕方ない。
薬を盛られてこの相手に醜態を晒すくらいなら、今ここで片をつけたほうがいいに決まっているのだ。
生憎男に抱かれるのは初めてで色々勝手が分からないが、一応知識だけはある。
静雄が手錠で繋がれて手を出せない状態だから何とかなるだろうと楽観的に考えることにした。

「シズちゃんごめんね」

囁いて、何をされるか分かっていない静雄の唇に自分のそれで触れた。

「ッ」

がちゃんと一際大きな金属音。
目を見開いた静雄に笑って、臨也はもう一度口付けるために顔を寄せた。





――さあ、覚悟を決めようか。












※手に入れる覚悟がなかなかできなかった臨也と(ある意味)被害者な静雄の話。

静雄さんが手錠してる映像が頭に浮かんだのでついうっかり。