視界を閉ざす
※『猛獣』設定。














ビルの上から下界を行き交う人々を眺め、臨也は楽しげに笑う。
臨也は人間が好きだ。
それは、揺るぎようのない事実だった。
何故こんなに人間が愛おしいのか、彼自身も分からない。
彼の師なら一種の精神異常だろうの一言で終わらせる、そういう類のものであるらしい。

「…ねぇ、なにしてんの」

急に目を覆い視界を奪われて、臨也は背後に立った人物に不満げに問う。

「気付いてたんなら振り返るくらいしやがれ」

臨也以上に不機嫌な声。
どうやらあまり機嫌が麗しくないらしい相手に、臨也は気付かれぬ程度に小さく息をつく。

「あのさあ、俺今人間観察で忙しいんですけど?」
「………」

文句にも両目を覆う手は外されず。
それどころか、抱き込まれた。
そういえば昔からよくこうされたっけ、と思う。
臨也が静雄以外に興味を向けるたび、静雄は彼の視界を一時的にでも遮ろうとする。
見るな、と声に出さずに言うのだ。

「しーずちゃん」
「…うるせぇ」
「呼んだだけなんだけど」
「ちっと黙れ」

言葉と共に、つ、と指先が頬をなぞる。

「臨也」

よく回る口を封じるために囁かれる声は低く甘く。
ああもうと呟いて、臨也は抵抗を諦めて体重を預けた。
臨也が静雄の声に弱いと知っていてやっているのだから、本当にたちが悪い。

「シズちゃん」
「喋んな」
「…横暴はんたーい」

ぎゅうと腕の力が込められて、その絶妙な加減に呻く。
地味に痛い。しかも、だ。

「シズちゃん、当たってる」
「ん」

わざとかよ。
忌々しげに舌打ちする臨也に、静雄が小さく笑う。
その振動が不愉快で眉根を寄せて。
臨也はいっそナイフを突き刺してやろうかと物騒なことを考えた。
数ミリしか刺さらなくてもそれで拒絶の意は通じるはずだ。

「臨也」

低く、熱を孕んだ声が耳元で囁く。
首筋に唇を落とし、それから甘噛みまでされて。
…ああチクショウ。確信犯かよ最悪だな。
抗いがたい声に、臨也は今度は分かりやすく溜息をついてみせた。
それから、諦めたような自嘲するような、そんな笑みを浮かべる。

「…今日のところは諦めてあげるよ」

そう言って。
臨也は愛しい人間たちのことを一時だけ脳内から追い出すことにした。












※人を愛することを止められないひとと、自分以外を見るのが許せないひとのはなし。

猛獣設定の臨也さんは通常設定と違って理屈でない部分で人間が好きなので、シズちゃんは人間という種族全体に嫉妬する羽目になります。