※暴力表現注意。














「ッぐ…うッ」

がつりと腹を蹴られて臨也は低く呻いた。
ヒュ、と鳴った喉から吐かれる息は血の匂いがする。
骨は折れていないようだから内臓が傷ついただけだろうと朦朧とした頭で思う。

「寝てんじゃねぇよ」
「…ッ」

髪を掴まれて引き摺り起こされて、無理やり合わされた視線。
怒りだけでないドロドロとした感情を煮詰めたような目に晒されて、臨也はぶるりと身を震わせる。

「はッ、あい、かわらず、乱暴……ッ…だねぇ」

わざとらしく厭らしい笑みを貼り付けて言ってやる。
ズキズキと痛む腹が辛い。叩きつけられて捻った手首が痛い。全身を包む鈍痛は気が遠のきそうなほど。
それでも、臨也は笑う。ボロボロであってもこの男にだけは弱った姿を見せたくなかった。

「黙れノミ蟲が」
「ッ…ぐ、がはっ」

ビルの壁に叩きつけられて、切れた口の端から血が滴った。
そのまま、どさりと地面に転がる。
身体を走った鋭い痛みは次第に鈍痛に変わるが、痛いものは痛い。
力の差は比べるまでもない。
臨也は肉体的にはどこにでもいる普通の人間に過ぎないのだ。
捕まったのが運の尽き。抵抗は意味をなさず、逃げようにも身体が言うことを聞かない状態で。
臨也は被害を最小限に抑えつつ暴力に耐えるしかなかった。

「はっ、無様だなぁ臨也くんよぉ?」

そうだね。まったくだ。
そう自嘲しながらも相手を睨み上げる。
が、すぐに目をきつく瞑って唸ることになった。
勢いよく振り下ろされた足に背骨が軋む。
じりじりと体重をかけられてこれ以上は危険だと本能が逃走を命じるが、そもそも逃げられるものならとっくの昔に逃げている。それが出来ないから、臨也は無様に路地裏に転がって天敵に背を踏みつけられているのだ。
それでも、なんとか目を抉じ開けて再び相手を睨んだのはもはや意地だった。
無意味な抵抗だとばかりに見下す静雄の視線。
その不愉快さに身を捩ると背骨が嫌な音を立てる。折れてこそいないがかなり際どい感じがして、すぐに動きを止めた。

「ッ」

ぐり、と踏みつける足が捻られた。
やばいやばいやばい!本気で折る気だ!

「ッ、あ…しず、ちゃ…ヤメッ」

叫びに応じて僅かに緩められる圧迫。
だが足は退かされたわけではなく背を踏みつけたままで。
痛みに呻く臨也の耳に、静雄が舌打ちするのが聞こえた。

「……なあ臨也、俺は言ったよなぁ?」
「な、に…ッ?」

昏い笑みを浮かべる静雄に恐怖心が沸く。
直後、圧迫が増した。ごり、と骨がずれる。

「いッ…痛いッ…ヒッ、や、だッ!」

もがけばもがくほど痛みは強くなるが逃れなければ脊椎損傷は確実。
その状況で必死に伸ばした臨也の手を、静雄が僅かに屈んで掬い取る。
当然増した体重に、声にならない悲鳴が上がった。

「臨也、俺は手前に言ったよな?」
「ふッ…ぅう…ッ」

ふっと背の重みが失われ、代わりに腕を引かれて釣り上げられる。
もはや声を出すのも辛くて、臨也は僅かにすすり泣くような音を発することしか出来ない。
合わされた静雄の視線は歪んだ感情が渦巻いていた。

「手前は俺のだ。勝手に他人に触らせるんじゃねぇってなぁ」

腹に蹴りが入る。吹き飛ばされて壁に激突して。
微かな呻きしか出てこないほどボロボロの状態で、そのまま地面に沈み込む。
か細い呼吸を繰り返す姿は、血と汚れに塗れて相当酷い有様だろう。
絶え間なく襲う痛みに生理的な涙が溢れ出し、臨也の視界が滲んだ。
どんな独占欲だよ…っていうか、これで暴力が嫌いとか、笑わせるなって感じなんだけど…。
近づいてくる静雄の靴先をぼんやりと見つめながら、妙に濁った頭でそう思う。
反応らしい反応を返さない臨也に焦れたらしい静雄が、臨也の髪を掴んでまた引き摺り起こした。

「う、ぐ…ッ…ッ」

もう悲鳴を上げる気力は残っていなかった。
急速に狭まる視界にやばいと感じるのに、痛覚以外の感覚が酷く希薄になって。
臨也は小さく鉄錆の匂いのする息を吐いて、意識を閉ざした。












※DVシズちゃん。初心に帰ろうとしてみて色々失敗。