プリンのはなし
















がばりといきなり起き上がった男に、静雄は目を丸くした。
熟睡しているのだとばかり思っていた臨也は、起き上がった体勢のまま呆然と中空に視線をさまよわせている。
どうしたと問うか否かで逡巡していると、くるりと振り返り。
そして、呟くように告げた。

「プリン…」
「あ?」

プリンがどうしたというのだ。
意味不明な言葉を発した相手に訝しげな視線を向けると、いまだ困惑から脱せないらしい瞳とかち合う。
臨也はふるりと身体を震わせ、眉根を寄せて言葉を続けた。

「プリンに押し潰される夢、見た…」

なにあれなんなのありえない。
呟く声も顔も本気だ――わざわざこんなばかげた嘘をつく理由もないだろうが。

「…別にいいじゃねぇか」
「いやいやいや!プリンだよプリン!?なんでよりにもよってプリンなのさ!?」
「ああ?プリンが悪いってのか?」
「痛い痛い!ちょ、シズちゃん首もげる!!」

いやもうホント俺が悪かったから!シズちゃんのプリン好きを忘れてた俺が悪かったよ!だから放してホントもげそう!!
そう叫ぶのに舌打ちして、静雄は渋々臨也の頭を解放した。
静雄とて自分のアパートを血みどろの殺人現場にする気はない。

「で?」
「うん。だから、プリンに押しつぶされる夢を見たんだよ」
「だから、別にいいじゃねぇか」
「俺はシズちゃんとは違うんだよ。いくらなんでもプリンに潰されて死ぬのはごめんだから」

そのまま夢の中だけでなく現実でも永眠してればいいものを。
そう思ったが、静雄はあえて口に出さなかった。
どうやら相当プリンに押し潰されたのがショックだったらしく、臨也はぶつぶつと何か呟いている。

「…まあ、そうだな」

一応言っておいてやるか。と口を開く。

「ご愁傷様」
「ひっど!傷心の恋人にそんな気のない言葉ってなくない!?わかったもう君にプリンは作らない!!」
「おい…」

なんの八つ当たりだと唸ると、きっと睨まれた。
これは相当ショックだったらしい。
そう判断し、静雄は溜息をつく。
…しかし。寝起きのせいで若干潤んだ目がなんと言うか…。
そう考えてしまい、そうなると思考はそちらへ滑り出す。
黒いシャツの開いた胸元から覗く白い首筋、そこに連なる鎖骨。
こくり、と喉が鳴った。

「なに?」

黙った静雄に不審を感じたのか、臨也が訝しげな表情で問う。
いや、と言おうとして、薄く開いた唇に目が釘づけになった。誘うようにちらと見えた舌にどくんと心臓が音を立てる。

――やば。

そう思うが、もう遅い。
考えるより早く手が伸びて、臨也の腕を掴んで逃げられないように押し倒していた。

「しず、ちゃん?」

唐突な静雄の行動に、臨也は戸惑うような声を出す。
柔らかく舌足らずな口調が鼓膜を震わせて。

「ッ」

衝動のまま、ぴちゃりとその薄い唇に舌を這わせた。

「ふ、ぅ…ん」

やだと小さな声がして、背中を叩かれて。
軽く口付けるだけで開放して、静雄は深々と溜息を吐く。

「…まったく…そういうことする?そんなにプリンが好きとか、なんだか妬けるなぁ」

「――、―――は?」

意味が分からない。なんでそうなる。
唖然とした静雄に、臨也も眉根を寄せて首を傾げた。

「なに?え?だって、プリン作んないって言ったからしたんじゃないの?作るって言うまで止めてやらないとかそんな感じで…あれ?違う?」

大いに違う。

「…手前、やっぱり実は馬鹿だろう」

そう言った静雄に、臨也は心外だ!と憤慨したが。
静雄はもう聞く気も起きず脱力しただけだった。












※プリンに押し潰される夢を見たのは管理人です。