「しずちゃんってさぁ」
静雄の膝の上、所謂膝枕というものをしたまま。
独特の色彩をもつ目で静雄を見上げて、臨也は口を開いた。
「なんだ?」
ゆるりと動く長い尻尾。
応じながらそっと頬から喉にかけて撫でてやれば、三角の耳が寝かされた。
お気に召さなかったらしいと判断し、静雄は手を離す。
「狼なんだよね」
「…それがどうした?」
「んー…いや」
手が伸ばされて頬に触れられて、その手を取って口付けた。
今度は悪くなかったのか、くるると小さく喉を鳴らして臨也は目を細める。
チェシャ猫の笑み。
そう表現するのが最も合っている、そんな表情だ。
もう片方の手が伸びて、首を引き寄せられて。
静雄は誘われるまま身を屈めてキスをする。
軽く触れるだけですぐ離したが、臨也から追いかけてきて唇を食まれた。
「お前な…」
煽るな、と文句を口にするも笑われただけだ。
「シズちゃん、俺ね」
「なんだ」
「シズちゃん以外の男と付き合ったことないんだ」
「…そうか」
女とはあるのかと問うのも微妙で、静雄は頷くだけにとどめる。
内心は穏やかではなかったが。
「狼ってもてるでしょ?」
「あー…そうらしいな」
狼族は数多くある種族の中ではそれなりに強い。
龍や鳳凰のような特殊な種族ほどではないが、もてるのも事実だ。
だが。
「俺はもてた覚えはねぇよ」
静雄は同族どころか獅子や虎よりも力が強い。
過ぎる力は畏怖され、静雄の周りに人が寄ってくることは少なかった。
「ふうん」
「…何が言いたい」
もそりと身を起こした臨也が静雄の目を覗き込む。
「そっか」と勝手に納得し、また笑う。
ぎゅうっと首に手を回して抱きつくその温かい温度に、静雄は首を傾げた。
結論が見えない。何が言いたいのだと問うべきか。
とりあえず背を撫でてみれば、ご機嫌な黒猫は喉を鳴らした。
いつもこうならかわいいんだが、とそう思った矢先。
「…つまり、シズちゃんって童貞かぁ」
前言撤回。かわいくない。
勢い、抱きつく相手を力任せに引き剥がす。
そんな静雄の反応すら面白いのか、臨也はくすくすと笑っていて。
それが非常に不愉快だった。
「好きだよシズちゃん」
そう告げられたって嬉しくなどない。
嬉しくなどないと言いたいのに。
ぱたぱたと勝手に揺れる尻尾に、静雄は文句を言いたかった。
クソ!そう心中で唸り、せめてもの報復に臨也の首筋に噛み付く。
軽く歯を立て、舌を這わせて、吸い付こうとして。
ぐいっと押されて、身体が離された。
「シズちゃん、俺さ、さっきも言ったけど付き合った男はシズちゃんだけなんだよ」
「…だからどうした」
じっと見つめる臨也の目は、思ったよりも真剣で。
僅かに苛立ちながらも静雄も真面目に応じた。
うん。と臨也が頷く。
「だから、ちゃんと勉強してくれないと、最後まではしないよ?」
男同士でしかも初めて同士って結構問題だよねぇ。
そう言われて、静雄は唖然とした。
確かにそうだが。なんとなく静雄は臨也がそういうことは知っているものだと思っていたのだ。
先入観と言うのは恐ろしい。そう実感して。
「わかった」
聞く相手など新羅ぐらいしか思い浮かばなかったが、頷く。
だが、相手はそれでは満足しなかったらしい。
「ついでに言っておくけど、痛かったら二度としない」
痛くしたら絶対報復してやると言わんばかりの声。
睨みつける強さの眼差しに。
静雄は重々しく頷き、ちゃんと調べると誓いを立てることとなった。
※この後色々奮闘する羽目になります。
…別に臨也は知らないとは言ってないのにね…。