くしゅん、と音がして。
静雄は今まさに帰宅しようとしていた自宅の玄関に人影があることに気が付いた。
扉を背に蹲るようにして座り込むそのシルエットはひどく見覚えがある。
「おい」
声を掛ければ、僅かに頭が動いた。
だが、それだけだ。
それ以上の反応はなく、ただ黙って見上げてくる臨也に。
静雄は呆れたように小さく息を吐いて、手を伸ばして細い手首を掴んだ。
「…手前、熱あるのか?」
常は低めの体温が、今はやけに熱い。
舌打ちして、そのまま引っ張り上げて立たせると、何の感情も見せない瞳とかち合った。
「シズちゃん、」
「黙れ。んで、とにかく中に入れ」
静雄は玄関の鍵を開けて、臨也を放り込むように玄関に入れてしまう。
大人しくされるがまま、静雄の行動に見るとはなしに見ている相手の手を引き、客用の座布団に座らせる。
ぼんやりとした視線を向けられて、溜息が零れた。
時折、臨也はこういうふうに所在なげな風情で静雄の前に現れる。
それは、静雄だけが臨也の本心を知っているからだ。
一生涯誰にも悟られまいとしていた彼のその心の内を知ってしまっているからだ。
「臨也」
「うん」
呼べば、視線に少しだけ意思が宿る。
だがこの状態の臨也は自分からは決して動かない。
面倒な生き物だと静雄は常々思っているがそれでも突き放せないでいた。
惚れた弱み、なんだろうなぁ。そう考えて、また溜息。
普段ならば「幸せが逃げるよ」と意地悪く笑う相手がこうではそれも仕方ないというものだ。
「飯、作ってやるからそれ食ったら寝ろ」
そう言うと、臨也は首を傾げる。
「俺、ご飯食べてないって、言ってないよ?」
「…食べてねぇだろうが」
「うん」
そうだね。と首肯して、臨也は目を伏せた。
その緩慢な動作と言葉は、まるで『折原臨也』ではないように思える。
「シズちゃん、俺、やっぱ人間、嫌いだ」
奇妙な区切りでそう言われて、そうかよと返す。
そんなことは言われずともわかっている。
人間を愛していると叫ぶ『折原臨也』が仮面であることぐらい、とうの昔に静雄は知ってしまっているのだから。
他人に触れるのも触れられるのも嫌うのが静雄の知る本当の臨也だ。
ただ、その一方で人間への興味が尽きないらしいのも事実。
その強すぎる好奇心が人間を厭う心を覆い尽くしているうちはまだいい。
だが、普段はほとんど意識もされないそれは何かの拍子に噴き出して、臨也をこんな状態にしてしまう。
「気持ち悪い。最悪。もうヤダ」
ふるりと身を震わせて自身を掻き抱く姿に、どうしようもねぇなと考えて。
静雄は手を伸ばして臨也を抱き締める。
何があったのかは知らないが、とりあえずこれが一番効くことは経験で知っていた。
「…シズちゃん」
「おう」
「俺、人間は嫌いだけど、シズちゃんは好きだよ」
それはお前にとって俺が人間じゃねぇからだろうが。
そう思うが口には出さない。口にすれば肯定されるのは目に見えている。
「嫌いでも好きでもいいけどな…飯は食え。あと、ちゃんと寝ろ」
「ん」
酷くだるそうに静雄に寄りかかる臨也の熱は相当高い。
風邪なのか精神的なものなのかは分からないが、この状態の臨也を新羅に見せる気のない静雄は常備してある解熱剤も飲ませようと決めて。
「…しずちゃん、すき」
甘えるように胸に凭れて無防備になつく臨也に、いっそずっとこのままでもいいのに、と暗い思いを抱きながら優しく髪を撫でてやった。
※実は人嫌いな臨也さんの話。
この後散々甘やかされて、翌朝には復活して通常モードに戻ります。