シズちゃんとコーヒー
※『猛獣の飼い方10の基本』設定。










シズちゃんと同居を始めて、なんとなく家事を分担するようになってしばらくした頃のことだ。



俺――折原臨也は、目の前に出されたカップに首を傾げた。
いや、だってさ。
あのシズちゃんがだよ。俺にインスタントじゃないコーヒーを淹れてくれるとか、どういう風の吹き回しだって思うじゃないか。
確かに俺は普段インスタントは飲まないけど、シズちゃんが手ずからいれてくれたものなら黙って…は無理だけど、ちゃんと飲むよ?
でも…でもさ。まさか、「インスタントじゃねぇからな」って出されるとは思わないじゃないか。
ああ。前置きが長いのは認めるよ。でも、それくらい俺には衝撃的だったんだ。
で、なんですぐ飲まないかって言うとだね…。
まず、そもそもシズちゃんがコーヒーの淹れ方を知ってるとは思えない。苦いの苦手だし。
いつもシズちゃんが自分でいれて飲むのはもっぱらインスタント物ばかりで、紅茶だって茶葉からいれたりしないし、果物を絞ったジュースだって作ったりしない。…俺がわざわざ自分で作るのは純然たる趣味なので気にしないように。
とにかく、シズちゃんがコーヒーの淹れ方を知っているとは思えないってことが重要なのだ。
シズちゃんの性格からして調べたりしないだろうし、俺がやってるのの見よう見まねのはずだ。
器具の使い方さえ怪しい。それになにより苦いの苦手だし、味見してるはずがない。
さて、質問です。これは一体どんな味がするでしょう?

………。

考えても仕方ないか、とじっと見つめてくる幼馴染に礼を述べる。
諦めた。覚悟もした。なるようになれ、だ。
カップを持ち上げ、こくりと一口飲む。

――――。

うん。まあ、なんというか。ああいや不味くは…ないと、思う。たぶん。いや、ホントたぶん。…せっかく淹れてくれたのにごめんシズちゃん。急いで取り繕ったけどたぶん顔に出てたと思う。
言い訳するなら、俺は結構こういうのにこだわる方で、水から豆の鮮度、どのタイミングで豆を挽くか、蒸らし時間、お湯の注ぎ方から温度、抽出時間まで全部しっかり把握している。その差なんだと思うんだよ。ホントそれだけだから、だから、お願いだからそんな目で見ないで下さい。

「………、ええと、あのね、シズちゃん」
「…いい、言わなくてもわかった」

そうですか。
目に見える変化はないけど、シズちゃんが少し落ち込んだのが分かった。
困った。どうフォローしようか。教えてあげる、はひょっとしたら拙いかもしれないし…。
そうこうしているうちにシズちゃんが俺の手からカップを取り上げて、一口含む。

………。

「まずいな」

苦味に眉を顰めてぽつりと呟いた声は落胆の色が濃い。
ええと、どうしよう。ここは味見しなかったのかよって軽く言ってみるべきだったか?いや、怒ってくれればそれで済むけど下手に落ち込ませたらヤバイ。
頭の中でぐるぐると考えるけど、いつもすぐに何か思いつくはずの脳はいい案を出してはくれなかった。ごめんシズちゃん。
せっかく淹れてもらってなんだけど、正直に言うとこれがコーヒーなのかどうか微妙だった。いや、コーヒーの味はするんだけど、なんと言うかそういう味だった。

「まずくはないよ」
とりあえず恐る恐るそう口にしてみるが。
「でも、うまくないだろ」
切り返されて、あえなく沈没。ごめん。もう無理。
黙ったまま見つめ合って、でも言葉だけが出てこない。なんと言うか、気まずかった。
無言で手を伸ばし、シズちゃんの手に渡ったままだったカップを掴む。
さした抵抗もなく離されたそれを取って、また一口。
うん、おいしくはない。

「飲まなくていいぞ」

そう言うシズちゃんに首を振って答えた。
そんなこと言われてもさ、せっかくのシズちゃんの好意だ。これが泥水なら考えたけど、そうじゃないのだから飲むと決めた。
こくり、こくりとなんでもないようにゆっくり飲む。
そんな俺を黙って見ていたシズちゃんが、溜息をついてから言った。

「…次はうまく淹れてやるから、淹れ方教えろよ」

………。

それは反則だ!
そう叫んで悶えたいくらいの気分だったけど、俺はうんと頷いただけで、またコーヒーを口に含んだ。












※昔はこんなだったという話。シズちゃんは天然たらしだと思います。