夏の攻防
※シズちゃんのアパートで扇風機の取り合い。じゃれてるだけ。










「あっつい…」
「臨也手前退けよ」
「やだ」
「……」

茹だるような暑さの中、狭いアパートの一室に男二人。見た目にも暑苦しいことこの上ない。

「退け。一人で涼んでんじゃねぇ」
「やだ。クーラー壊れてるのに直さないシズちゃんが悪い」

臨也の言葉通り、静雄の家のクーラーは壊れている。現在あるのは扇風機一台きりだ。
暑くてどうしようもないのはどちらも同じで。
にも拘らず、臨也は扇風機の前に陣取りそれを独占していた。

「いーざーや」
「のばすな、暑苦しい」

理不尽だ。
寄越せと差し出した手を一瞥もせず言われて、静雄は眉間に皺を寄せる。
そのまま無視の体勢を貫こうとする相手に、無性に腹が立つ。
今すぐ外に放り出してやりたいと思ったが、そうするのも嫌なほどとにかく暑い。
いま運動したらさすがの静雄も暑さで倒れる気がした。

「大体さあ、この暑い中人のこと呼んでおいてこれってどういうこと?壊れたんならさっさと業者呼んで直してその後呼んでよ。俺はシズちゃんと違って繊細なんだよ?」

何処が繊細なんだよ。そう口にしようとして面倒になって止める。
暑い。いろいろ考えるのが面倒になるほど暑い。

「新宿に帰りたい。こんな暑いとこ耐えられない」
「…うぜぇ。なら今すぐ速やかに帰りやがれ」
「えー…俺を呼んだのシズちゃんじゃん。そういうこと言うんだ」

静雄は鬱陶しい相手から扇風機を取り上げようと手を伸ばすが、叩き落とされた。
一人で涼をとる臨也はわざとらしく扇風機を手で押さえて首を振る。

「これは俺の」
「俺のだろうが」
「今は俺のなの」

もはや嫌がらせの域だ。
ムカついた静雄は更に手を伸ばす。また叩き落とされる。
しばらくそんな彼らにしては控えめな攻防が続いた。
だが、その無意味な争いも暑さのせいでそう長くは続かない。
先に手を止めたのは静雄の方だ。

「手前、覚えてろよ」
次は絶対殺す。と口に出し、臨也の隣に横になる。
床の方が多少は涼しいのだ。
ごろりと転がり臨也の膝に頭を乗せる。
その重みに、臨也の視線が扇風機から静雄に移された。

「暑いんだけど」

文句を言う口とは裏腹に、汗で湿った髪を指が潜る。
なんども優しく撫でられて、その心地よさに静雄は目を閉じた。
暑いのは変わらない。むしろ密着した分暑いが、悪くなかった。

「今度はちゃんとクーラー直しといてよシズちゃん」

そんな声が降ってくるのに頷いて。
静雄は臨也の手の感触を楽しむことにした。












※臨也のマンションに二人で避難するという選択肢はないんだろうか。