「っていうかさ、人のものは勝手に食べちゃいけませんって教わらなかったの?」
※同居パラレル。not 『猛獣』設定。










「ねえシズちゃん」

にっこりと笑って自分を呼んだ同居人に、静雄は首を傾げた。
何処をどう間違ったのか、同居生活を始めて早一週間。
今までの仲の悪さが嘘のように――とはいかないが、静雄としてはそれなりに上手くやっているつもりだった。
同居を始めて知ったが、普段の臨也は割合まともだった。
家事は大概こなすし、適度な距離を保ち静雄を怒らせるような言動もない。
穏やかに笑う臨也というものを初めて見た静雄はしばらく戸惑ったものだが、そう時間をかけず慣れた。

「なんだ?」

問えば、にっこりと笑って「うん、ちょっとね」と返されたが、何故だろう。ひどく薄ら寒い笑みだ。

「ねえシズちゃん。同居することになった時決めたこと覚えてる?」
「ん?ああ」

覚えている。静雄は素直に頷いた。
幾つか箇条書きされたそれは、今でも共同冷蔵庫の扉に貼られている。

「そうか。覚えてるのか」

うんうんと頷いた臨也は、やはり薄ら寒い笑みを浮かべたままだ。
明らかに目が笑っていない。

「じゃあ、昨日君が食べた冷蔵庫のアレについてはどう説明してくれる気なのかな?」

冷蔵庫のアレ?と静雄は眉を寄せる。
昨日といえば、いつも通りに金の回収に出掛け、いつも通りに昼食を取り、早めに上がっていいと言われたので夕方に帰宅した。
わざわざ出迎えてくれた臨也に挨拶し、夕飯の支度をする間に風呂に入って、出来上がった夕飯を食べて、片づけをして…。

「あー…」

そういえば昨日、夜に冷蔵庫を漁った覚えがある。
臨也が得意先に貰ったのだと出してくれた酒を飲みながら、ふと小腹がすいたことに気付いて中身を物色して…。
したたかに酔ってはいたが、その辺の記憶は残っていた。
静雄は首を捻り、さらに記憶を辿る。

「あ、」
「うん。思い出したかな?」

確かに思い出した。
それは静雄の好物のプリンだった。
蓋に書かれた名前を確認して食べ…いや…確認したか?
あれ?と悩む。記憶が曖昧だった。

「あー…あのな、……たぶん、冷蔵庫の中身の、あれだとは思うんだけどな、」

しどろもどろに口に出してみる。が、すぐに後悔した。
「あれ、わざわざ買ってきたんだよね。楽しみにしてたのにさあ」と呟く声がひどく冷たく聞こえる。
静雄も臨也がそれをわざわざ買いに店舗まで出向いたことは、ご相伴に預かった時聞かされたので知っていた。
自分は後で食べると名前を書いて冷蔵庫にしまっているのも見ていた。
なのに、やってしまった。
たかがプリン、されどプリンだ。また買ってくればいいなどとうっかり言ったら、たぶん臨也の機嫌は最底辺まで落ちる気がする。
さすがに自分が悪いと理解している静雄はだらだらと汗を流して立ち竦んだ。
対する同居人は笑いを消して、じっと自分を見つめている。

――沈黙が痛い。

その言葉を実感し、静雄がここはもう素直に謝ろうと口を開きかけたその時。
まさに狙ったかのようなタイミングで、同居人がそれを遮った。

「今日から一週間、シズちゃんは夕飯抜きだから」

家計を握る最凶の情報屋は、それはそれは素晴らしい微笑みを浮かべてそう宣言した。












※食べ物の恨みは怖いですよ。という話。小ネタを広げてみた。