優しい静寂
※居眠りシズちゃん。










深夜の静かな室内。
帰宅した臨也は、つけたままにした覚えのない明かりに首を捻った。
職業柄、自宅を兼ねる事務所にはセキュリティの高いマンションを選んでいる。
だが、そんなものは所詮気休めだということも職業柄熟知している。
臨也は慎重に気配を探り、危険がないか確かめ。そして、あっさり電気がついたまま原因を見つけた。安堵とも呆れともつかない吐息が口から漏れる。
無防備に身を投げ出しソファに沈む人物は熟睡しているらしい。余った手足がはみ出していてなんとなくムカつく。

「あーあ…無防備に寝ちゃってさあ」
仮にも天敵の住処でさ。

そう呟いて、臨也はジャケットを脱いでソファの背凭れにかけた。
いつもは臨也の気配に敏感で池袋のどこにいても必ず見つけ出す相手は、何故か今日はその動物じみたセンサーが働いていないらしい。
すよすよと聞こえる寝息に乱れはなく、無防備すぎる姿を晒している。

「しーずちゃーん、起きないと殺しちゃうよー」

背凭れに反対から寄りかかり声をかけるがやはり呼吸は一定のままだ。これが演技だとしたらなかなかのものだが、しばらくじっと見ていても起きる気配はなかった。

――こうしてるとやっぱり整った顔してるよね。

普段臨也が見るのは大抵が怒りに支配され目を吊り上げ青筋を浮かべた酷い形相ばかりだ。あるいは最中の余裕のない雄の表情くらいで。普通にしている静雄を見る機会は少ないし、別に見たいと思ったこともなかったので改めてじっくりと見たのはこれが初めてかもしれなかった。

「さすがに幽くんのお兄さんなだけあるというか…」

しばらく観察を続ける臨也だったが、これだけ見ているというのにまるで起きる気配のない相手に次第に興味が薄れてくる。
そういえばあの書類ってどこにしまったっけ?優秀な助手がきちんと整理してくれているはずだとあたりをつけて、臨也は書類を捜すためにソファから離れた。
その間に結構物音をさせたにも関わらず、静雄が起き出す様子はない。

――どれだけ熟睡してるんだか。

呆れてなにかする気にもなれない。
ぱらりと手元の書類を捲りながら、臨也はふたたびソファの側に戻る。
今度は寄りかかるのではなく、近くの床に腰を下ろした。
ピカピカに磨かれた床は塵ひとつなく座っても特別支障はない。
目線の高さより少し下。どこか幼い寝顔を晒す静雄を見やり、臨也は口元に微かに笑みを刷く。

もし静雄の目が覚めればこのまま殺し合いになる可能性もある。
それがわかっていながら、臨也はとくに対策をとろうとは思えなかった。
あまりに穏やかに無防備に眠る天敵を前に、やる気が完全に殺がれている。

「まあ、いいか」

自分たち二人には決して似合わなくても。たまにはこんな穏やかなのも悪くない。
臨也は小さく嘆息し、書類に視線を戻した。












※たまにはこんな非日常もありかな、と。