気になることができました。











「何かなシズちゃん?」
視線が鬱陶しいんだけど、と言ってみるが相手に答える気はないらしい。
臨也はこっそり息を吐き出して、パソコンの画面に向き直った。
後ろからは視線。ただひたすら視線。

――すっごく気になるんですけど…。

ちくちく刺さるようなそれでなく、子供が好奇心で観察するようなそれ。
突然やってくるのはいつものことなので、仕事が忙しいので適当にあしらって放置したのだが…今日は殴りに来たわけではないらしい。ドアも壊されなかったし…失敗だったろうか。
声を発するでもなくしげしげとギリギリ触れない距離で観察されるプレッシャーに、さすがの臨也も音を上げそうだった。
視線が痛いって言葉をここまで実感したのははじめてだよ。心の中だけで呟いて、とにかく仕事を終わらせてしまおうと画面に意識を集中する。
しばらくの間、キーボードを打つ音だけが響く。
だが、その間も視線は向けられたままだ。非常に視線が痛い。
じりじりと焦燥感すら覚えるそれに、決してやわではないはずの精神が悲鳴を上げている。

――いっそはっきり口にしてくれないかなあ。

そう思いつつ書類を取ろうと腕を伸ばし、ぱさりとコートの裾がイスの足に当たる。
ああそういえば忙しくて戻ってからも脱ぐ時間がなかったんだっけ。臨也はそう何気なく思い、だが手を離せないので後回しにした。
室内は空調のおかげで暑くも寒くもないので、着ていたところでそれほど支障はない。
書類の内容を読みつつ、パソコンの画面を流れる文字列も平行作業で追っていく。途中で携帯に入る報告も確認。
猫の手も借りたいほど忙しい状況だというのに、背後から感じるプレッシャーがいまいち集中させてくれない。その事実が臨也を苛立たせる。

――ああクソ!さっきから一時も目をそらさないとか何なんだよ!?

些か乱暴に手に持った書類を机の端に放り、八つ当たり気味にキーボードを叩いた。
とりあえず集中だ集中。これが新手の嫌がらせだとしても今は構っている時間が惜しい!そう自身に言い聞かせる。
そうして苛立ちと焦燥に苛まれながら時間は経過し――。

「はあ…」

臨也は大きく息を吐いて脱力した。
一段落ついて終了の目途がたったことで、少なくとも今日の仕事は終わった。
さて、と臨也はいまだ背に刺さる強い視線に意識を向ける。

「ねぇシズちゃん」

返事はない。だが、僅かな気配の変化で相手が言葉を聞いていることを確認できた。

「俺もさすがに疲れたから率直に聞くけど、君、何か言いたいことでもあるの?」

やはり返事はない。
臨也はため息をついて振り返り、睨む。

「そろそろ何が言いたいのかはっきりしてよ?」

苛立ち混じりの科白に、静雄は困ったような微妙な表情で口を開いた。

「じゃあ言っちまうけどな…」
「うん」

こくりと頷く臨也に、静雄はやはり何か迷うような仕草をする。「いや、別に何も恥ずかしいことじゃねぇんだし…」などと呟く声に、臨也は首を傾げた。
なおも「ちょっと気になっただけで」とか「もふもふが」とか小声でブツブツ言い続ける相手に、一体何だと言うんだと眉を寄せ待つことしばし。
たっぷり秒針が2周するほどの時間をかけてから、静雄はようやく意を決したように口を開いた。

「それ、触ってもいいか?」

それ、と指されたのはフードのファー。
あっけにとられたまま頷くと、静雄はファーに触れてくる。

――たったそれだけかよ!!

たったそれだけのことで延々と翻弄された自分の心労をどうしてくれるんだと、臨也はがっくりと項垂れた。












※臨也のもふもふが急に気になった静雄さん…に翻弄される臨也さんの話。
シズちゃんはなんとなく大の男がもふもふが気になるとか言うのは恥ずかしい気がして言い出せなかっただけです。
とりあえず臨也さんお疲れ様でした。