手錠











「…あー…何してんだ、手前」
静雄のその言葉に、臨也は片眉を跳ね上げ「別に」と呟いた。
全然“別に”じゃねぇだろ。そう思うが、指摘してムキになられても困るので静雄は…珍しく…賢明にも口にしなかった。
深夜の池袋の路地裏。どこかの店の裏口の陰。
そこで息を潜めていた臨也を発見した静雄はいつものようにガードレールを引き抜き投げつけようとして、それに気付いた。
蹲るように座り込む情報屋の男にしては細い手首。
そこで、ごつい手錠が存在を主張していた。

「ついに警察の世話にでもなったのかよ」
「違うよ」

ちょっと失敗して悪趣味な馬鹿に捕まってね。そう言って自嘲気味に笑う臨也は逃げる気力もないのか随分と大人しい。
どこか気だるげに自身を拘束する鉄の塊を指で弄って、ひとつため息を吐いてからようやく静雄を見た。

「逃げ出したはいいけど妙な薬を盛られててさ。動けなくなってるとこ」

だから君からは逃げられそうにないんだよね。と、そう言うくせに、見逃してくれとは言わない臨也に静雄はどうしたものかと考える。
臨也の言う薬がどんなものかはわからないが命に関わるものではないのだろうと察することはできた。だが、酷く弱っていることは間違いない。
心配してやる義理はないしむしろ止めを刺したほうが世の中のためになりそうだったが、静雄は弱った相手にまで暴力を振るう気はなかった。
ガードレールを投げ捨てて臨也に近づき、既に顔を伏せほとんど反応しない相手にそっと触れて様子を確かめる。
指に伝わる熱い肌の感触にぞくりと背筋が震えた。
うっすらと汗を刷いた白い肌が若干荒い呼吸と共に上下し、辛そうに伏せた睫が震えているのが見えて。
静雄はごくりと喉を鳴らす。
それが聞こえたのか、臨也がうっすらと目を開け静雄に顔を向けた。

「なに?殺さないんなら、放っておいて欲しいんだけど…?」

熱を孕み潤んだ目が静雄を見つめている。
つ、と首筋に指を這わせるとふるりと震えた。睨まれる。

「…ちょっと、なに発情してんのさ」

嫌そうに身を捩ろうとして、だがその動きは直ぐに止まった。
身を震わせ耐える表情は、むしろ彼こそが発情していることを如実に表していた。はあ、と吐き出される息もずいぶんと熱い。
鉄色の拘束具に囚われて、燻る快楽に堕ちまいと必死に抗う姿は静雄の欲を煽るのには充分すぎた。

「臨也」
「嫌だ」
「手前な、こんなになってるのに強情張ってんじゃねぇよ」
「いや、だ…しない」

震える声に涙目。
睨みつけてくるその顔は襲ってくれと言っているようなものだった。

「手前の都合なんざ知るかよ」

抱き上げた身体は抗う力もないのか、逃れようと弱々しくもがくだけで。
静雄はそんなないに等しい抵抗など歯牙にもかけず、迷うことなく自分の住処を目指す。

――ああ、そうだ。あとでこの手錠嵌めた奴のことも聞きださねぇと。

くつりと獰猛な笑みを浮かべ、静雄はいまだ悪態を吐きながら足掻く臨也を黙らせるべく、その白い首筋に歯を立てた。












※このあと情報屋さんは美味しくいただかれます。