確信犯的誤解











「シズちゃん、俺ちょっとこれから浮気してくるから」

そう宣言した臨也に、静雄は思考すら停止させ目の前の相手を見つめた。
臨也の表情に冗談の色は見受けられず、静雄は混乱してはいたが本能だけで臨也の腕を掴み引きとめる。

「どういうことだ?臨也くんよォ?」

ほとんど反射で口にしてから、脳がようやく言葉を正しく理解して。こめかみにビキリと血管が浮かぶ。

「いい度胸だな、そんなに死にてぇのか?」

掴む腕に徐々に力が篭る。それに臨也が眉を寄せ痛いと訴えるが当然無視した。

「答えろノミ蟲、場合によっては今すぐこの場で殺してやる」
「だからー、今からちょっと浮気してくるって言ってるだけ。それとも何?具体的な内容が知りたいっての?」
「そんなことは聞いてねぇ!」
「じゃあなに?」

じっと見つめてくる独特の色合いの瞳を見つめ返し相手の感情を探る。
だが、もともと他人の感情を読むのが苦手な静雄には臨也のそれは難題過ぎだった。
早々に諦め、直接聞くことにする。

「…手前、なに企んでやがる」
「…ああそう。そういうこと言うんだ。一応ヒントぐらいあげるけど自分で考えろよ。君の昨日の夜の発言が原因なんだから」
「あァ?」

昨日は遅くに臨也のマンションを訪れてそのままベッドになだれ込んだ。
臨也も多少の文句を言いはしたが結局素直に身体を開いたはずだ。
なんだ?何を忘れている?
必死に記憶を辿る静雄を冷めた目で眺めていた臨也は、諦めたように目を伏せため息をつく。

「君の発言で俺は俺を売ることに決めたんだから責任は取ってよ?」
「…ちょっと待て。なんでそんなことになるってんだ?」
「さあね」
「…………」

自分は昨日何と言った?静雄の焦りは最高潮に高まっていた。
このままでは本当に臨也は浮気するために出て行きかねない。
だが、どうしても何を言ったかまではなかなか思い出せない。臨也を抱いている最中はだいたい夢中で、口にした言葉までいちいち覚えていないのだ。
焦りでまとまらない思考のまま、それでも何とか記憶を辿っていく。
昨日は臨也が手間のかかる仕事を終えたばかりで会うの自体が久々だった。会わない間にすっかり元通りになってしまった身体をトロトロになるまで時間と手間をかけて開いたのだ。最後にはもう嫌ださっさと挿れてくれと懇願されたほど丁寧に扱ったつもりだ。

――いや…そういえばその分つい言葉責めじみたことをしたかもしれねぇ…。

そこまで思い出し、

「あ、」

思わず間抜けな声を出した静雄を、臨也が心底不愉快だといわんばかりの表情で睨む。

「思い出した?」
「ちょっと待て。アレはそう言う意味じゃねぇッ」
「ふうん?本当にそうなの?」

疑わしいなと胡乱気に見やる臨也はあからさまに取り合う気がなさそうで。
静雄は焦って弁解する以外になかった。
「だから、アレは」
と、誤解を解こうと口を開くが、
「俺は君が俺をそういう風に見てるならそれはそれでいいかと思ったんだ。でも、飽きられないために経験値を上げる努力くらいはするさ」
なにしろ俺は君以外の男は知らないからね。
そんな風に遮られて言葉が続かない。もうとりあえず必死に叫んで否定する。

「だからそう言う意味じゃねぇ!!」
「しらない」

ぷいっと視線を逸らす姿は拗ねた子供のようだが、臨也の目に宿る決意は本物に見えた。
違う違う違う!そんなつもりはなかった!と心の底から思うのに焦って出てこない言葉に、静雄は更に焦れる。

「本当に、そういう意味じゃねぇんだよ!」
「知らないよ。結局、俺は君にとってはただの穴なんだろう?」

その一言に、もともと焦りがもたらす苛立ちで昂ぶっていた神経がぶちんと切れたのを感じた。

「違う!!いい加減にしろッ!」

ぐいっと掴んだままだった臨也の腕を引き寄せて、己の腕の中に閉じ込める。
痛みに臨也が呻いたのが聞こえるが知ったことか。むしろ他人に渡すくらいならこのまま抱き潰してしまったほうがいい。
静雄はその強すぎる感情に突き動かされるままに叫んだ。

「手前は俺にだけ抱かれてりゃいいんだよッ!!」




「……ぷ、ははっ、あははははっ」

少しの間のあと、笑い声が静まり返った室内に響く。
は?と首を捻り腕の中の臨也を見た静雄は、臨也が楽しげに肩を震わせているのを目にすることになった。
喉を震わせあまりのおかしさに静雄の胸を軽く拳で叩く姿は、先程までのどこか諦め荒んだ雰囲気を欠片も残していない。
そこまで来て、静雄もようやく状況を理解した。

「…て、手前…やっぱり嵌めやがったのかっ」
「だ、だってっ…ぷぷっ、シズちゃん馬鹿みたいッ」
「死ぬかノミ蟲」

ぐっと腕の輪を狭めると、臨也は首を横に振ってから静雄を見上げてくる。笑いすぎで涙の溜まった目元が非常に不愉快な気分を増幅させた。

「…あははは、ごめんごめん。さすがに手間がかかるって言われたのは心外だったんで、ムカつくし憂さ晴らしもかねてちょっと君をからかいたくなってさあ」

そこで笑いを収め、臨也は静雄の腰に手を回して抱き返す。ぎゅうぎゅうと遠慮なく抱きつかれて、静雄は低く唸ってため息をついて更に深呼吸もして、なんとか怒りを収めた。今回は自分も悪いと思うからであって甘えてくる姿に絆されたわけではない。そう誰にともなく言い訳はしておく。

「…手前なぁ」

それでも文句は言おうと口を開くが、察した臨也がぐりぐりと胸に頭を押し付けてきたことで牽制され結局言えずに終わった。

「大好きだよシズちゃん」
「俺はそういう手前が大嫌いだ」
「はは、ひっどいなぁ」

本当になんでこんなのがいいんだよ俺は。そう思うのに、静雄はそれでも手放せない自分を知っている。
好きとか嫌いとかそういう次元でなく、ただ、こいつでなければならないという強い執着が根底にある限り、静雄は決してこの男を手放せないのだ。
だから、心の中で悪態をつきつつも突き放すのではなく腕の輪を更に狭めた。

「浮気は許さねぇ。手前は俺だけのもんだろうが」
「はいはい。間違ってないよシズちゃん」

くすくす笑って腕の力を弛めろと手で示す臨也に。
静雄はとりあえず壊さない程度にきつく抱き締めることで、せめてもの報復とした。












※喧嘩と見せかけて実は単なるバカップル。