泣き顔の是非











暇をもてあますと人間ろくなことを考えない。
それは間違いないなと、折原臨也は思った。
今頃は遅い朝食の支度をしているだろう天敵であり恋人である――非常に矛盾しているが事実だ――平和島静雄の泣き顔を見てみたいなど、正気の沙汰とは思えない。だが、唐突に自身がそう思ったのは確かで、ふむ、と臨也は考え込む。
さて、何故そんなことを考えたのか。
思考をめぐらせ、しばしの後、ああと声を出す。つまりあれか、八つ当たり。その答えに行き当たり、臨也はぺしょりとシーツの海に逆戻りした。
馬鹿馬鹿しい。考えて損した。そんな文句を自身に浴びせ、ため息をつく。
それから、耳を澄ませば聞こえてくる、調理の音と鼻歌と思われるものに眉根を寄せる。
どうやら今日の静雄は機嫌が良いらしい。そのことに益々皺が深くなるのは仕方ないことだった。
昨日静雄の気が済むまで散々酷使された身体は重く、まだベッドから這い出す気力さえ湧かないのだ。

――痛いしだるいしホント最悪。

意識は覚醒しているのに身体が言うことを聞かない現状に、臨也は唸る。
おかげで暇をもてあまして妙なことを考えてしまった。
冷静に考えれば静雄の泣き顔など別にも見たくもなかった臨也は不機嫌そのもので。
静雄の機嫌がいい分、臨也の機嫌は悪化する一方だった。まるで普段と真逆である。

「そろそろ起きろノミ蟲」

もともと薄く開いていた扉を軽く押し、顔を出した静雄が言う。
その物言いにムカつく。誰のせいでこんな状態になっているんだと臨也は眉を吊り上げた。

「…うるさい。俺は誰かさんのせいでものすごくだるいんだよ」

言われて、静雄は少し考え、それから悪びれもしない態度で言い切る。

「手前が悪い」
「はあ!?何処をどうしたらそうなるのさ!」
「だから、手前の泣き顔がエロいのが悪い」

昨日も聞いた科白を再現され、臨也は一瞬言葉に詰まった。
心の中で思いっきり、それだ!と叫ぶ。
ところどころ途切れおぼろげな記憶の中で言われたその科白が頭の片隅にでも引っかかっていたのだろう。暇をもてあました脳がそれをどう捻ったのか、ああいう妙な八つ当たりめいた思考を生んだわけだ。そんなに言うなら自分が泣けばいいだろとか意味不明なことを考えた自分が嫌過ぎる。無意味だとわかっていても小一時間ほど自分の脳に説教したい気分だ。

「はは…ガキの喧嘩かよ…」

相手に聞こえないように小さく呟く。
昨夜は泣き顔がエロいなどという理由でもう嫌だと何度も繰り返す訴えを拒否された。
逃げようともがけば腰を痣ができるほど掴まれ、暴れれば噛み付かれた。
獣じみた乱暴な交わりは朝方まで及び、いまだに体中を苛んでいる。
そのことを鮮明に思い出し、苛立った臨也の脳は再び先程の不毛な希望を浮かばせた。

「ねえ、シズちゃん」

にっこり笑って威嚇すると、なにやら不穏な空気を感じたらしい静雄が訝しげな表情とともに微かな警戒心を見せる。

「いっそ俺がシズちゃんを泣かせてみようか?そうしたら、少しは今の俺の気持ちがわかるかもよ?」
「…は?」

固まったまま間抜けな声を出すこの疲れの全ての元凶を眺め、臨也は鼻で笑う。
せいぜい悩め、ぐるぐる考えて行き詰れ。そして、己の疲れの何分の一かでも味わえばいい。
そういう意図を込めた言葉に、静雄はきっちりかかってくれたらしい。
止まったまま動かない相手を見物する気力もなく。
馬鹿馬鹿しい。そうもう一度心の中で呟いて、臨也は心底うんざりした顔でベッドに突っ伏した。












※疲れすぎて脳が暴走した結果、恐ろしく微妙な考えが頭を過ぎりました…という話。
書いてる本人はシズちゃんを泣かせたい人ですが、今回の臨也さんはそういう嗜好はなかったようです。残念。