せまい世界で二人きり
※『割れ鍋に綴じ蓋』のその後。なんちゃってぷち監禁ごっこ。










薄暗い室内で、鎖の擦れる音がする。

「臨也、そろそろ飯食えるか?」

声を掛けられのそりと起き上がった臨也の首には赤い首輪。
その首輪の金具から伸びる細い鎖はパイプベッドの足に繋がっていた。

「ねぇ、シズちゃん。これそろそろ外してくれない?」

そう言って差し出すのは首ではなく腕。
その手首にもナイロン製の拘束具が巻きつき、臨也の動きを著しく制限している。
全裸に首輪と拘束具。実にマニアックな格好だが、それをやらかした張本人は至って平然と言葉を返した。

「今日一杯はそのままって約束だろうが」
「えー、じゃあどうやってご飯食べるのさ?それにトイレも行きたいんだけど」
「飯は食わせてやるし、トイレは連れて行ってやる」
「うわー…さすがにそれはちょっと引くんですけど…」

言葉の割りにさして引いた様子も驚いた様子もなく言う臨也にそれ以上構わず、静雄は鎖をベッドの足から取り外し自分の腕に絡める。
それから、まだ何やら言っているが立ち上がる気配のない相手をそっと抱き起こし抱えた。
相変わらず軽い。むしろ男にしては軽すぎる身体を宝物でも抱えるかのように慎重に運ぶ。トイレの前で待機した時は…鎖を持ったままなのだから致し方ない…本気で文句を言われたが無視した。

「トイレくらいは一人で行かせてよ。どんだけ拘束する気なのさ」

再び運ばれ、ローテーブルの前に降ろされて、臨也は文句を言いつつも素直に待機している。
静雄が食べさせると言ったのだから拘束が解かれないまま食事を摂ることは確定で。
そのことに小さくため息をつく。
そもそもこれはちょっとしたお遊びなのだ。静雄の…あるいは臨也の…独占欲を満たすためのほんの些細な遊び。
あまりにも小さな二人だけの世界で互いの存在に縛られる擬似監禁。臨也でも壊せそうな細い鎖と関節を外せば抜けられる拘束がその証拠。
だが悪い気はしないと臨也は喉の奥で笑った。静雄の視線が自分だけに向けられることにこの上ない満足を感じる。
一方、静雄も同じようなことを考える。
普段自分以外の他人に歪で独り善がりな愛を注ぐ臨也を独占する。たとえ遊びであっても、今の臨也の視界に映るのは自分だけで今の臨也の思考を占めるのもまた自分だけなのだ。そのことに甚く満足した。
そして心の中で誓う。いつかどうしようもなくなったら本当にこうやって繋いでやろうと。口に出せば逃げられるのがわかっているから、あくまで心の中だけで誓う。

「ほら、口開け」

差し出されるスプーンに眉根を寄せ、臨也は何か言いたげな表情をしたが結局ため息をつくだけで素直に口を開いた。
今日一日は臨也は静雄だけのものだ。相手の意向にできる限り従うのもルールのうちで、抵抗すれば昨夜のように散々な目にあうのはわかっていたので見切りをつける。

「シズちゃんって意外とマメなんだねぇ」

行儀よく口の中のものを飲み込んでから言った臨也に、静雄はそうか?と首を捻るだけでまたスプーンを差し出してきた。
臨也の好みとは違うが、すでに舌に馴染んでこれが食べたいと時折強く思わせるまでになったチャーハン。
それを咀嚼しながら臨也は珍しく心の底からご機嫌な静雄を観察する。
昨日、訪れたアパートの一室で、いつだったかの会話を忘れていなかったらしい静雄から閉じ込めたいと耳元で囁かれて。
頭の中で明日の予定を思い出しながら、一日ならいいよと了承したのはほんの気まぐれだった。
雪崩れるように抱き締められて、キスされて、抱かれて。最中に取り出され装着される拘束具に戸惑いながらも従ったのは半分は好奇心だった。
拘束された己をこの男がどう扱うのか。予測の難しい静雄の行動が興味深くて止めなかった。

――シズちゃんはやっぱり甘い。

臨也はその事実を確認させられて苦笑する。自分だったらこんな甘いことはしない。自由意志さえ奪うように仕向けるだろう。
だが、拘束具が取り出された時点で十分意外だったのでまあよしとした。縛り付けたいという独占欲は理解できるし素直に嬉しいのだから甘受しよう。
そう結論付けて臨也は目の前の相手に笑いかけた。

「シズちゃん、俺、デザートはプリンがいいな」
「おう」

冷蔵庫に入れられた昨日のお土産を思い浮かべて言えば、了解の返事が返る。
どうせ一日限りの贅沢だ。明日になれば解かれる拘束だからこそ、今はお互いを独占できるだけ独占しておけばいい。
とりあえず、全部食べ終わったら仕上げにキスでもしてもらおうかと考えて、臨也は楽しそうに目を細めた。












※最初から、監禁したい→監禁ごっこというテーマでした。
とりあえず通常仕様の二人にしては意外と甘く仕上がった気がします。下手すると殺伐になりかねないので出来上がるまで正直安心できなかったんだよ…