深夜二時の邂逅
※シズイザシズ。










新宿の街もさすがに午前2時ともなれば人の姿はまばらだ。
そんな中、臨也はのんびりと帰宅途中にあった。
面倒で割に合わないが断れない仕事をようやく片付け、ひとつ欠伸をする。

「あー…眠い」

徹夜も4日を迎えればいい加減身体がきつかった。特に今日は夕食すら摂っていないときている。
臨也はしきりに眠気を訴える身体を無理やり引き摺ってゆっくりと歩いていく。

「…眠い眠すぎるよホント」

このままでは道端だというのに眠ってしまいそうだ。そう考えて、臨也は頭を緩く振って眠気を一時的にでも払おうとした。
こんなところでうっかり眠ってしまったら、次の朝には自分の死体が転がっていることになりかねない。臨也にも人から多くの怨みを買っている自覚はある。いつ何処で殺されてもおかしくないし、また、同じくらい利用しようと考える愚かな人間もいると知っている。
だから、いつどんな状況でも気を抜くことはできなかった。

「…とりあえず、このままじゃ運よく何もなくても朝まで路上でお休みコースだね…」

あまりの眠さに手足の動きが鈍い。当然のように頭の回転も相当鈍っているはずで。
骨を通して伝わる自分の声の響きまで間延びしていることに苦笑して、臨也はタイミングよく見えてきたコンビニの明かりに向かって歩を進めた。






仕事の時間の都合上、臨也は深夜のコンビニで買い物をすることは珍しくない。
比例するように、眠気を覚ますためのアイテムにもしょっちゅうお世話になっていた。
のろのろと眠気覚ましのガムを手に取る。効果は薄くとも噛んでいれば少しはマシだろうと判断してのチョイスだった。

「…ついでに甘いものでも買うか」

血糖値も少し上げておこうと思うのと同時、冷たいものにするかとも考え、デザートコーナーに移動する。目の前に立てばひんやりと漂う空気が心地良い。
適当に視線をずらし、棚の上の甘味を見ていく。
ふと、プリンアラモードが臨也の目に留まった。連鎖的にプリン好きの仇敵を思い出し眉根を寄せる。

――そう言えば、もう結構会ってないなぁ。

今日終わらせた仕事の前は粟楠会の四木からの仕事で忙しく動き回っていた。かれこれ二週間以上顔を見ていない事実に、臨也はふむと考える。
だが、所詮眠さの前には無意味だ。
思考はすぐに霧散して、臨也は「シズちゃんに会わないと楽でいいよね」などと呟いてプリンを手に取った。…正確には取ろうとした。
同じようにプリンアラモードに伸ばされた手を見て目を瞬かせる。

「…あれ?シズちゃん…?」

手を辿った視線の先、見知った顔を確認して臨也は呟くように相手のあだ名を口にした。

「ノミ蟲、手前なんでこんなとこにいやがる」
「…いや、ここ新宿だからね。俺がここにいるの間違いじゃないからね?」
「……ちっ」

舌打ちされて、眠気でぼやけた頭で考える。
何故ここに静雄がいるのか。何故コンビニに入ってすぐ臨也を見つけて怒声を上げなかったのか。何故同じプリンに手を伸ばそうとしているのか。何故…。
何度も言うようだが、今日の臨也はとにかく眠かった。だから、すぐに考えることを放棄して問いかけた。

「…何でここにシズちゃんがいるのさ」
「別にいいだろうが」
「良くないよ。池袋でもないのにシズちゃんと追いかけっことかしたくない…今眠くて走りたくないし」
「…別にしねぇよ」

そう返されて、こてんと首を傾げる。
めずらしいねとぼやけた頭でそう返事して、臨也は小さく欠伸した。もう色々限界だ。今だけはなにも考えたくない。
伸ばしたままだった手を動かして、プリンを掴む。

「あ」

静雄が間抜けな声を上げた。
「…ええっと、なに?」
「…なんでもねぇ」
「ふうん」

ムッとした顔をする相手に、臨也はどうでもよさそうに相槌をうつ。

「………」
「………」

沈黙した静雄の視線は臨也とプリンを行き来していて、かなり鬱陶しい。
いつもなら文句のひとつどころか暴力を振るわれてもおかしくない場面で、大人しいというのもおかしい。
一向に眠気の覚めない頭で臨也は目の前のいつもと雰囲気の違う静雄を分析しようとするが、途中で処理落ちよろしく思考は停止した。どうにも眠すぎるらしい。

「………ねえ、シズちゃん」
「…なんだノミ蟲」
「その視線…かなりウザイ」
「死ぬか」
「遠慮するよ、眠いし」
「じゃあ永眠させてやるよ」

ようやくいつもの調子でぼきりと手首を鳴らす静雄。だがそれには目もくれず、ガムとプリンを持って臨也はレジへ行ってしまう。
もう、相手をするのが面倒で仕方なかったのだ。
だから、臨也は一瞬戸惑うような、寂しさを訴えるような、そんな表情をした静雄には気付くことはなかった。





会計を済ませ、のんびりとした歩調でコンビニを出る臨也の後ろを静雄が追ってくる。
その足音に振り返り、臨也はビニール袋の中のそれを相手の胸元に突き出した。

「はい」
「あ?」

一瞬虚を突かれた静雄は目を瞬かせ、戸惑いながら差し出された物体…先程のプリンアラモードだ…を見る。

「さっさと取る。別に食べないならいいけど」
「…なんで」
「べっつにー。シズちゃんがプリンが好きとかそんなこと知らないし興味もないね」
「ノミ蟲手前な」

ああ鬱陶しい。と臨也は思った。眠くて眠くて仕方なくて、相手をするのが億劫で。
こうしたことに意味などないと、素っ気ない態度は崩さずに言った。

「とにかく受け取ってよ」
「お、おう」

静雄が受け取るのを確認して、臨也は視線を相手の顔に向ける。
複雑そうな顔で眉を寄せはするが突き返そうとはしない静雄を眺めて、ふと気付く。

――ああ、そういうことか。…ホント、君も素直じゃないねぇシズちゃん。

眠さもすでに限界で、臨也は皮肉の一切混じらない笑みを浮かべた。
だけど悪くない。自分にはそんな恥ずかしいことできそうにないけど。そう思い、今度は苦笑する。
わざわざ臨也の存在を確かめに来たらしい馬鹿な男は、気まずそうに視線を逸らし続けていて。
さて、どうやって自宅へ誘うかと、臨也は眠い頭で考えた。












※深夜のコンビニにて。とりあえず臨也さんの頭の中では睡眠>静雄だった。そういう話。
制作リストメモに「プリンとロマンチストとリアリスト」って書いてあった。なんだそれ? とりあえずメモは意味がわかるように書け自分。