寒い日は休戦!
※来神時代。










屋上に上がった静雄はその寒さに身を震わせた。
季節は冬。張り詰めたような冷たい空気が上着を着ていても伝わってくる。
そんな中に、見知った天敵の背中が見えた。
学ランの上に上着を羽織って本を読んでいる姿からは、いつもの人を小馬鹿にした喰えない様子は窺えない。

――この寒いのに何してやがんだあの馬鹿は。

同様に授業をエスケープした自分のことは棚に上げて静雄は眉を寄せた。
高く澄んだ青空はそれでも冬の色をしている。暖かさのない色だ。
吐き出した息が白い。指先が冷える。ああクソッ。
はっきりとした怒りとは違うイライラした気分のまま、静雄はずんずんと臨也に向かって歩いた。
そしてそのまま。

「ちょっと、なに寄っかかってんの」
「いいだろうが。寒いし」
「意味わかんないよ」

丸めていた臨也の背にわざとらしく体重をかけてやれば、文字から目を放さないまま文句を言われる。
服越しに伝わる冷えきった背中はずいぶん長い間ここに居たことを示していた。
なんでこんなところで本読んでいるんだとか、それでなくとも風邪を引きやすいんだから馬鹿なことをしてるなとか。
言いたいことはあったが、静雄と臨也の関係でそれを口にするのは何か違う気がして結局黙る。

「………」

時折ぱらりとページをめくる音を聞きながら、しばらく何をするでもなく流れる雲を眺める。

「ねぇ」
「あ?」

唐突に声を掛けられた。
相手に振り返る気配がなかったので、静雄も振り返らずに返事する。

「君、俺がいきなり立ち上がるとか考えないわけ?」
「するのか?」
「しないよ。そんな稚拙で馬鹿みたいな嫌がらせ」
「じゃいいだろ」
「…ホント、意味わかんない」

臨也はため息をついて、少しだけ体重をかけてきた。
だがそれ以上の反応はなく、ぱらりぱらりと紙の音だけが聞こえてくる。
普段いがみ合っているのが嘘のような、静かで穏やかな時間が過ぎていく。



「いつまでここに居る気なの」
「さあな。俺の勝手だろうが」

どれくらい経った頃か。臨也がポツリと聞いてきた。
それに静雄はぶっきらぼうに答える。
確かに静雄には別にここにいる理由はないのだ。こんな寒い場所よりも適当に暖かくて人のこない場所を探したほうが良いに決まっている。
だが、それでも静雄はここを離れずにいる。なんとなく離れがたくなっている。
その理由は今はあえて考えないことにして、静雄は軽く目を閉じた。

「手前の気にすることじゃねぇ」
「そりゃそうだけどさ」

答えてくる声も素っ気なくて、その遠慮のなさがいっそ心地良かった。
寒い冬の屋上で、合わせた背中だけがぽかぽかと暖かい。
なんとなくこの暖かさが手放しがたくて、今だけだからと理由をつけて静雄は臨也を敵視する自分の気持ちに蓋をする。
どちらにせよ、今更こんな寒い場所にひとりで置いていく気はなかった。
静雄は小さく自分自身にため息をついて、そして思う。


――きっと、全てを知った上でわざわざ臨也の側にいる人間なんてこの世界のどこを探したって自分しかいない。












※一切視線を交わさずに背中合わせに座る二人。
でもこのあとはふたりだけの我慢大会に突入するはめになるという…。