キスなんて所詮そんなもの
※小話強化月間8本目。中学時代臨+新(臨新臨風味)。キスしてるので苦手な人は退避!

















「ねぇキスしてみない?」

昼休みの屋上。
物好きの友人(暫定)以外他に誰もいない状況で、平和に読書を楽しんでいた時。
唐突に降ってきた言葉に、臨也は読んでいた本から顔を上げた。
目の前にはいつもと変わらぬ友人(暫定)の姿。表情だっていつものそれとまったく変わらない。
聞き間違いか?と首を傾げて、臨也は問いかけるべく口を開く。

「今、なんかとても妙な幻聴が聞こえたんだけど」
「いや、幻聴じゃないよ?」
キスしようって言ったよ?と言われて聞き間違いでないことは分かったが。
「……また何で俺なんかと」
「そりゃ、君だからだよ」

あっさり言われたって納得など出来ようはずもない。
不愉快だと眉値を寄せて示す。が、相手が悪かった。

「キスってどんななのかな、とは思うけど相手がいないし。そこいらの人を捕まえてさせてくださいって言うのも問題だろ?その点君ならいいかな、と思ったんだけど?」
「…どんな理屈なんだそれ」
「だって君、この前もまた違う女の人とキスしてたじゃないか」
「………」

ああ見られたのか、と思う。が、別にマズいとは思わない。
彼女たちとは別に恋人でも何でもないし、あれは挨拶のようなものだ。まあ、挨拶にしてはいささか濃厚だったかもしれないが。

「君は好きな人がいるだろう」
「うーん…いるけどね?でも、僕の想い人とはキスできないでしょ?」
「………会ったことはないけど確か首なし妖精だったっけ?」
「さすが臨也!よく知ってるね」
「…この街の人外はすべて把握してるんだよ」
「だろうねぇ」

何だかだんだん相手をするのが面倒になってきて臨也は視線を手の中の本に戻すが、新羅は引く気がないらしい。視線を合わせるべくしゃがみこん覗き込む彼は、好奇心に彩られた瞳で臨也を見つめている。

「でさ、」
「しないよ」
「えー、させてよ」
「彼女に誠実な男でいたくないのかい君は」
「そりゃ、そうでありたいけどね?だから君なんだよ」

なんだそれは。言われた意味が分からずつい目線を合わせてしまうと、相手はにっこりと微笑んだ。

「君って僕の中ではどちらかって言うとドウブツみたいなものだし、君としてもカウントされないかなぁとか思うわけで」
「……俺は分類上はホモサピエンスなんだけどね?」
そういうことかと得心しつつも人間扱いされないのは心外だと唸る臨也。
「だめ?」
臨也の機嫌の降下もまったく意に介さず首を傾げて問う男に仕方ないやつだと苦笑が漏れる。
ある意味迫られていると言ってもいいような状況でそう悪い気がしないのは、相手がまだ中学生であるし童顔なせいか。
期待の眼差しをまっすぐ向けてくる新羅に、臨也は、はふ、と息を吐いた。

「………仕方ないなぁ」

好奇心が満たされるまではしつこく纏わりつかれるような気がするし、と腹を括ることにして。
本を伏せて腕を伸ばし――さすがに唐突過ぎたのか反応しきれなかった新羅が、小さく漏らした「え?」という言葉は無視して、そのまま口付ける。
「ん…」
驚いて硬直する男の顔がすぐ間近にあって、なんとなく愉快な気持ちになった。
自分からしようと言ったくせに硬直したまま動かない新羅が何を感じて何を思っているのかと考えて目を細める。

触れ合わせるだけのそれからさらに深いものに変えようと思ったのは、出来心だ。
興味、と言い換えてもいい。
それに、人を動物と言い切る男に対する意趣返しの意味合いもたぶんにあった。

放心して緩んでいる口元に舌をそろりと這わせて、まだ抵抗がないのをいいことに侵入を果たす。
そこでようやく状況を理解した新羅が臨也を止めようと手を動かす、が。
「んっ、んんー!!」
暴れるのを両手首を捕まえることで押さえ込んで、丹念に暖かい咥内を舐め上げる。
俺を選んだ君が悪い。そう心の中で笑ってやって。
顔に当たって邪魔な眼鏡を取り上げて、初心者への配慮などせず口内を舌先で擽るようにたっぷり時間をかけてなぶってやれば。
容赦なく与えられる強い刺激に、新羅の身体が震えているのが伝わってきた。
「ふ…っ…ぁ」
男の喘ぎ声なんて聞いてもつまらないんだけどなぁ。
そう思ったところで、新羅の眦に溜まる涙に気付く。
唇を離してその涙を舐めとって、臨也はふんと鼻を鳴らした。

「満足した?」

問いかけに新羅は答えない。
荒い息を整えるのに精一杯であるらしい。
それを冷静に見下ろしながら臨也は、さてどうするかなと考えた。
新羅の用件は片付いたのだからこのまま読書に戻ってもいいし、そろそろ教室に行ってもいいような気もする。
ある程度予想通りだった新羅の反応に満足してしまった臨也の中では先ほどの一件はすでに過去のことで、もう気にも留めていなかった。
だからこそ、新羅が次にどんな行動を起こすかなんて考えてもいなかったのだ。


がしり。


「え?」
がっちりと捕まれた両肩に目を丸くした臨也。を、捕まえて笑顔を浮かべる新羅。
いつの間にか息は整ったのか、眼鏡をかけていない以外はいつもの彼だ。いつもの彼なのだが、緩みきっていた臨也の危機回避本能が目を覚ましてけたたましく危機を告げていた。
あ、嫌な予感。と思う間もなく、臨也を捕らえた級友は笑顔を絶やさぬまま口を開く。
「ねぇ、臨也。ひとつお願いがあるんだ」
「……な、に…かな」
頭の中で鳴り響く警報に従って逃げ出したくても、思いの他強い腕がそれを許さない。
掠れた声で応じた臨也に、彼はあくまで穏やかな声で言った。

「…どうせならさ」
「…?」
「上手くなるまで練習させてもらえないかな?」
「は?」
「一回もそれ以上も同じだよね?」
「え?」
「ねぇ、臨也」

覚悟を決めようか?とにっこり笑った男は。
どうやら先程のキスについて非常に、非常に、思うところがあったらしい。
思わず頬をひきつらせて僅かに後ずさりした臨也だったが、後ろは生憎柵。その後ろにいたっては屋上の縁だ。
ヤバイ、と思ったときにはすでに遅く、新羅は肩を掴む手に力をこめて臨也に覆いかぶさるような体勢になっていた。
「し、しんら落ち着こう、ね?」
「嫌」
それはそれはすばらしい笑顔での拒否に。
臨也はようやく、調子に乗ったことを心底後悔したのであった。












※まだ静雄と再会する前の一幕。