破壊衝動
※若干の血・暴力表現あり。


















side:S



臨也を殺す夢を見た。
夢の中で本気で殺し合って、俺は血の匂いに酔って確かに強い興奮と高揚を感じていた。
ナイフの切っ先が掠るたびに血が零れて、それでも臨也の方がよりたくさん傷を負っていて。
力任せの幾度かの攻撃のひとつがヒットして地面に叩きつけられた奴を思い切り蹴りつける。
大量の血を吐いて伏せた身体を捕まえて、捩じ伏せて腕をもいで足を折って首を絞めて。
溢れる血の海の中で、その鼓動が完全に停止するのを確認して。
次第に冷たくなっていく身体を抱き締めて、ようやく安堵した。
これでもう二度と失くすことを怖がる必要はないと。自分勝手な欲望のままその肉を食んだ。
悲鳴を上げて飛び起きて、荒い息の中で、どこか満足している自分が恐ろしかった。
夢を現実にしたいと思っている自分が心底恐ろしかった。










「シズちゃん今日はどうしたのさ?やけに大人しくて気持ち悪いよ?」
臨也が不思議そうな顔で俺を見て首を傾げる。
血に塗れて苦痛に歪む顔が頭に浮かんで、舌打ちして目を背けた。

「今日はそういう気分じゃねぇ」

見逃してやるからさっさと消えろ。そう言って手を振って追い払う仕草をする。
「変なシズちゃん。なに?なんか変なものでも食べたわけ?」
ああ煩い。黙れさっさと消えろ。
そう思うのに一向に立ち去らない奴は、それどころかわざわざこっちに近づいてきやがった。
馬鹿か手前。人がせっかく見逃してやるって言ってるのに。

「シズちゃん?」

首を傾げて覗き込む臨也は、探るような目で俺を見る。
ひとの心の中を暴きたて付け入る隙を常に探す外道の目だ。ムカつくし気持ち悪い。
抉り取ってやったら少しは気が済むだろうか。…いや、何考えてんだ俺は。くそっ。

「しーずちゃん?」
「黙れ」
「機嫌悪いのに怒んないなんて、シズちゃん大丈夫?」
「うるせぇ」

目を瞬かせて臨也は黙った。
何を考えているのか、思案げに俺を見上げている。

「…なにがあったかは知らないけどさ。そんな泣きそうな顔されると対処に困るんだけど」
「…うるせぇ」

伸ばされた手が、頬に触れる。
暖かい手だ。夢の中ではこの手が冷たくなっていくのを黙って見ていたのに。それでいいと思っていたのに。
こうやって触れられたら、もう無理だ。

「シズちゃん頼むからここで泣かないでよ。このままじゃ何もしてないのに俺が悪者確定だ」
「…手前が悪い」
「うん意味わかんないよ。俺今日はまだ何もしてないし」

した。したんだよ。
俺に触れて暗く沈んだ心に温もりなんて与えて。これを失う恐怖を俺に植え付けて。
そうやって雁字搦めにしてしまうのが作戦だって言うなら、手前はたちが悪すぎる。


「…今日のシズちゃんは情緒不安定、と。はあ、とりあえずギャラリーの居ないところに行こう。さすがの俺も視線が痛い」
迷惑そうに提案した奴に引っ張られながら、思う。
なぜこいつは今日に限って鈍いのか。迷って悩んで、この温もりの大事さを思い知ってしまった今なら、いくらでも付け込めただろうに。
「臨也、手前こそ今日は変だ。いつもの手前らしくもない」
繋がれた手を握り返して示せば、振り返った奴は眉を寄せてため息をついて、呆れたように苦笑した。
「君が変だから俺まで調子が狂ったのかもね」
「…ひとが弱ってるところに付け込む外道のくせにか?」
「それは間違ってないけどね」
くくっと喉を鳴らして臨也は目を細め、ふるふると首を振ってみせる。


「付け入る隙があるなら別だけど、でも今の君は無理。何考えてるのか知らないけど、もう決めたって顔してるからね」












※気付いてしまえばもう元には戻れないということ。むしろ弱り目に祟り目。気付かなければ良かった的なこと。
シズちゃんは力はあっても臨也より精神的にはずっとまともな分、相手を知れば知るほど結局殺せなくなる気がします。