おおかみのしっぽ
※小話強化月間6本目。けもみみパラレル。臨也+幽。
















前方から歩いてくるよく知った気配に、臨也はおやと顔を上げた。
若干先が丸みを帯びた厚みのある三角の黒い耳。
耳と同じ色のふさふさの尻尾。
臨也の大事な人と同じ、狼と呼ばれる獣の特徴を備えた彼は、やはりよく知った人物だった。

「やあ、幽くん」

声を掛ければ、とうに気付いていたらしい相手――平和島幽から挨拶が返る。
ぱさり、と。
発声と一緒にわずかに揺れた尻尾についつい視線がいってしまう。
「今日兄貴は家にいますよ」
「うん知ってる。これから行くところなんだよ」
答えれば今度はぱたぱたと2回。
兄である静雄とは違い、幽の尻尾は表情同様ほとんど感情を表さない。
それが面白くて臨也がついつい笑ってしまうと、不思議そうな――ように見える顔で瞬いて、彼は言った。
「どうかしましたか?」
同時にふさりと揺れる尻尾。
うん、感情を読ませない不思議な動きだ。そう思って、ついでにシズちゃんより触り心地もよさそうだ、と思って苦笑する。
静雄はどちらかというと尻尾の手入れには無頓着なほうで、手櫛ですまそうとするのを捕まえてブラシを掛けてやるのが臨也の日課だった。
「なんでもないよ」
首を振ってなんでもないと態度でも示せば。
相手は先の臨也の視線を辿るように目を動かし、自分の尻尾を見てわずかな間考えて、それから、言った。

「触ってみますか?」

小さく首を傾げて問う、その顔はあくまで無表情。
それだけに一瞬何を言われたのか分からなかった。
「………」
「………」
しばしの間無言で見つめ合ってしまう。
ずいぶんと時間を掛けて言われた内容を飲み込んで。
臨也は勘違いしたらしい義弟(予定)に苦笑した。

「……いや、申し出は嬉しいんだけど、シズちゃんに駄目だって言われてるから遠慮するよ」

申し訳なく思いつつ断りを入れる。
静雄は嫉妬深い。他人の尻尾に触ったなどと言ったらそれだけでどれだけ不機嫌になることか。
想像するだけで面倒だと思って、その想像だけで自分の尻尾を不機嫌を揺らして。
臨也は、はふと息を吐き出した。
と、そんな臨也を見ていた幽が「良かった」と呟いて、小さな声だったが臨也の性能のいい耳ははっきり聞き取って、つい何だ?という表情を浮かべてしまう。
それに気付いた幽のがふっと視線を和らげたのが分かった。
静雄に似た意志の強さを伺わせる真っ直ぐな瞳。それがやけに柔らかな色を宿していて、臨也は戸惑う。

「兄貴が貴方を大切にしてるようで安心しました」
「…俺が、じゃなくて?」
「ええ、兄貴が、です」
「………」

意図するところが読めずどういうことだ?と首を傾げた臨也に、幽が目を細めた。
黒いふさふさの尻尾が機嫌のいい時の調子で揺れる。

「そろそろ行きますね」
「え、あ…うん」

すっと幽が臨也に近づいて――額に唇がそっと当てられた。
何が起きたのかまったく分からなくてぽかんとする臨也に、彼は口元にほんのりと笑みを刷いて「じゃあ…」と言って歩き出して。
…今のって、何?
と、ぼんやり考える臨也はそのまましばらくの間そこに立ち尽くしていたのだった。


その後、臨也にこのことを聞いた静雄が、手前はいくら相手が幽でも無防備すぎだろとか思うのだが、それはまた別の話である。












※幽と遭遇。別に幽→臨ではない。