破壊衝動
※血・暴力表現注意。


















side:I



緊迫した空気。
鼻を刺激する血の匂い。
お互いたくさん傷ついていたけど、たぶん俺のほうが酷いだろう。
相手にナイフを突き立て切り裂いた腕から零れた血の匂いに興奮して、ぞくぞくと背筋が震える。
傷つけて傷つけられて、この意味もない殺し合いが楽しいなんて我ながら馬鹿みたいだ。
相手をを殺したくてたまらなくて、同じくらい、今なら殺されても悔いはないと思っていた。

「ッ!」

横殴りに腹を強打されて地面に転がる。
受身を取れず背を打って一瞬呼吸が止まる。
そこをがつんと踏みつけられて、骨が砕けた音が体内で響いた。
次の攻撃を避けなければと思うのに、身体は言うことを聞いてくれない。
直後、呻く時間すら与えられず激痛に耐え切れず丸めた身体を引き起こされた。
片手で首を絞められる。強い力が加えられていく。ミシミシと骨が軋む音と、霞む視界と。
苦しくても、もうもがくほどの力は残っていなかった。
ぼやけた視界に映る、淡い色の髪。
今どんな顔をしているんだろうと妙に静かな気持ちで考えて。声にならない声で呼んだ名前はちゃんと伝わっただろうか。
ゴキリと嫌な音がして、俺の意識は完全に途絶えたからそれは結局わからず仕舞いだった。










「シズちゃんに殺される夢を見たんだ」
無言のまま部屋に入り込んでそう言ったら、シズちゃんはなんだかものすごく愉快な顔をした。
呆けているような怒っているような悲しんでいるような、複雑な顔。
総合すると間抜けな顔だなと考えて、少し笑った。

「手前ぇ、まさかそれ言うためにわざわざ終電使って池袋まで来たのか」

ぐいっと胸倉を掴まれて足が少し浮く。
ああ、さっき見た夢と少し似てるなとか思いながら、そっとシズちゃんの顔に手を伸ばした。

「まあ、そんなとこ」

くすくす笑いながら頬を撫でると、不審げな顔をされる。
舌打ちして床に下ろされて、何かを確かめるみたいに触られた。
首から上へとゆっくり上がっていく指がくすぐったい。

「なんでそんなに嬉しそうなんだよ」
「そう見える?」
「やけにはしゃいでるように見えるぜ」

そう言っている間に指は唇に到達した。つ、と撫でる動きに夢で昂ぶったままの心が刺激されてぞくりとする。
指に噛み付いてやろうかと思ったけど、止めておく。今血の匂いを嗅いだら夢を再現する羽目になりそうだった。

「生きてて良かったって思ってさ」
「ああそうかよ。俺としては今すぐ正夢にしてやってもいいんだぜ?」
「あははっ、やってもいいけど…できればあんまり痛くない方法で頼むよ。夢なのに痛みまでリアルでさ、あれはキツかった」

何度も唇をなぞっていた指が一瞬止まる。

「……俺に、殺されたいのか手前」

問う声は酷く掠れていた。
てっきりなら殺してやるとか言われると思ったのに、そんな顔するとはちょっと予想外だ。

「どうだろうね。夢の中では興奮したし、そう悪くなかったよ?」
「…変態が」
思ったままを答えれば、吐き捨てるように言われた。
酷いな。結構本気で殺されてもいい気分だったのに。
「そうかもね」
「触るな変態がうつったらどうすんだ」
「いいじゃん。うつってもさ」
「よくねぇ」

心底嫌そうな顔をするシズちゃんを見ながら考える。
俺は夢の中でこの男に殺されて、確かに満足していたのだ。
冷静に考えて殺されて満足とか気が狂ってるとしか思えないし、そもそも俺はこいつを殺したいんだし。ああ、でも他の奴に殺されるくらいなシズちゃんのがマシかな。なんだかんだ言って、無駄に苦しませたりはしないだろうし。
…………。
…ああそうか。なんとなくわかった。なるほど、夢は正直だ。
俺はシズちゃんを殺したいし殺されるならシズちゃんがいいけど、でもそれは無理だ。
俺がシズちゃんを殺したら殺されるほうは叶わないし、その逆も然り。だから、夢であっても片方を叶えられて嬉しかったんだ。
そう納得して。
納得したら急にどうでも良くなった。やっぱり、俺はどうせなら殺すほうがいい。
その最期の一呼吸まで側でずっと見届けて、亡骸はだれにも見つからないところに隠してしまおう。うん。悪くない。

「次はシズちゃんを殺す夢が見たいなぁ」
「今すぐ手前が死ね」
「嫌だね君が死んでよ」
「ちっ、妙なこと言いやがったと思ったらもう元通りか」
「うん。やっぱり俺まだ死にたくないしね」

くすくす笑っていると、急にぐいっと腕をつかまれた。
なんだろうと思っているとそのままキスされる。

「少し黙れ」
「ん。りょーかい」

触れ合うだけだったキスが深くなるのを感じながら、妙に充足した心地のまま目を閉じた。












※殺したいし殺されたい臨也。ベクトル的には殺したい>殺されたいですが。