※付き合ってないけどシズイザ。シズちゃん不在。

















ふ、と意識が浮上して、臨也は細く小さく息を吐き出した。
しかし、出来得る限りそっと吐き出したはずのそれにも身体は痛みを覚える。

「…は……、……クソッ」

ズキズキと全身が痛む。
倦怠感と傷からくる発熱。鈍痛から鋭い痛みまで。
体中どこもかしこも痛すぎて、しばらくは身を起こすことさえしたくなかった。

今の臨也の状態は、たぶんかなり酷いだろう。
ベッド下に散乱しているだろう破かれた衣服や血やら白濁した液体やらで汚れたシーツと今の臨也を見れば、誰の目にもレイプ現場だと思えるだろう有様のはずだ。
まあそう間違っちゃいないけど、と思いながら目を伏せる。
身体はまったく自由にならなくて、澱むような痛みに呼吸すら制限されて。
これ、肋骨逝っちゃってるんじゃないかなぁ、などとのんきにすら思える思考速度で考えるのはもうこうされることに慣れてしまっているからだった。
慣れたかったわけではないが、慣れざるを得ない。

「…化け物め」

そう呪詛じみた低い声音で呟いて、数時間前自分を蹂躙するだけ蹂躙していった男を思い浮かべる。
高校時代からの天敵。人間のふりすらできない化け物。
何をとち狂ったのか、臨也を捕らえるたびに圧倒的な力で捻じ伏せて、臨也の身体を内も外もボロボロになるまで痛めつける男。
性欲処理が主目的でないことが明らかな手荒いなどという言葉では言い尽くせないその行為は、正しく暴力であった。

「………、…」

また声を出そうとして、走った痛みに顔を顰める。
眉根を寄せてきつく目を瞑って、そうやって痛みをやり過ごすのももう慣れたものだ。
いつだってボロボロのまま放置される身体には苦痛だけが残されているのだから。
自分を蹂躙する男の憎しみを込めた強い眼光を思い出して、心の中で溜息をつく。
ただ壊すだけでは満足できないとばかりのその瞳が、臨也は嫌いではなかった。
…別に、マゾじゃないから痛いのは嫌なんだけどけどさぁ…と誰にともなく言い訳しつつ目を開けて、壁に掛けられた時計を見る。
午前1時を差す短針を眺めて、思ったよりも早く開放されたことに安堵した。
あの男がいつ出て行ったかは知らないが、少なくとも今日明日は――こちらから手を出さない限りは――何もしてこないだろう。
経験からそれを知っている臨也は、深く息を吐き出して、呼吸で生じた肺の鈍い痛みに顔を歪めた。
とにかく、いつまでもこうしているわけにもいくかない。
そう思って、起きられるだろうかとそっと身動ぎをする。が。

「っ!」

臨也はビクリと身体を揺らして、その後今度は痛みに呻くはめになった。
足の間を伝うドロリとした液体に肌が粟立つ。
さすがにこればかりは慣れなかった。
天敵の残したもっとも嫌悪すべきものは、いつも体内の奥深くに大量に注ぎ込まれて臨也の精神を苛むのだ。
嘲笑を浮かべて臨也を壊そうとする相手が残した、肉体を支配されたその証拠だと。
そう思うと今すぐにでもあの男の息の根を止めたやりたくなる。

あの濃い憎しみに彩られた目に僅かに過ぎる色が、何とはなしに不愉快だった。
その感情が何なのかは臨也も知らない。たぶん、静雄本人にも分かっていないはずだ。
だが、その色が、不思議なほど臨也の中の苛立ちを掻き立てる。だから、ほとんど反射で挑発して、そうしてさらに傷を増やす結果になってしまう。
…アイツが消えれば、消えてしまえば、こんな感情抱かなくてすむのだ。化け物に煩わされることなく人間だけを愛することができる。そう思うのに、消したいと願うのに、未だに死なない最悪の敵。
今はまだ不明瞭なあの瞳の中の感情がもし育ってしまったら、どうなるのだろうか。憐れみにも似たあの色には、天敵から臨也への憎しみを消し去ってしまいかねない何かがある。
臨也はそんなものは望んでいない。
あの男は、自分を憎んで憎んで、本当に殺したいほど憎んで――そして、それでも良心やら常識やらに囚われて殺せなくて葛藤し苦しめばいいのだ。
そうすれば自分も――。
そこまで無意識に近いどこかで考えて、臨也は自分の思考の中にある不純物に顔を顰めた。
自分が、なんだというのだ?自分はあの男を消したいだけだろうが。
そう自身に向かって呟いてみる。
だが、一度自覚した何かは、消されるのを拒むかのように酷く臨也の焦燥を煽り立てようとしていた。
ジリジリと、自分の根底を焼かれていくような苦痛に奥歯を噛み締める。
ジリジリジリジリ。
物理的な痛みではないのかと疑いたくなるほどの胸の内に、ふつふつと怒りがこみ上げてくる。
あれもこれも、すべてあの男の存在こそが罪悪なのなのだ。
あの男は臨也の身体を引き裂いて自身を刻み込んで、ゆっくりゆっくり身体だけでなく心までも壊そうとしているに違いない。
最悪だ。やはりできる限り迅速に、あの怪物の息の根を止めなければならない。
そうでなければ、あの男に『折原臨也』は壊されてしまう気がした。

「…早く、死ねよ……化け物が…ッ」

焦燥が入り混じる苦しげな声でそう吐き出して。
臨也は力尽きたように目を閉じた。












※募るのが憎しみだけとは限らないからこその、殺意。