寂しがり
※『猛獣』設定。臨也が静雄の襲撃を受けて目を覚ましたのは、もうすぐ日付が変わろうという頃のことだった。
臨也は普段静雄と住んでいるが、必ずしもそこに帰っているわけではない。
仕事が忙しくなれば、必然的に新宿の事務所で寝泊まりする。
今回もそんな状況だった。
やっとある程度片が付いて、少し仮眠をとろうと横になって。
どれくらいたった頃か、何かがひしゃげる音がしたような気がして、意識が浮上した。
「ん…ぅ」
眠い。
そう思いながら、ちりちりと肌を撫でる殺気じみた気配に臨也は揺るく息を吐き出す。
これが他の人間の気配であったなら、たぶん飛び起きていただろう。
だが、寝室に近づいてくる騒々しい足音は慣れた気配を纏っていた。
だから、臨也は息を吐いただけで、またゆっくりと目を閉じようとする。
ばん、と。
ほとんど壊さんばかりの勢いで開くドア。
それにも、臨也はうるさいなぁと呟いただけだ。
とにかく眠りを欲する身体に素直に従って、もぞりと布団を被ろうとして――。
「いーざーやーくーん?手前、なぁにのんきに寝てやがんだ?ああ?」
「…おれに、寝る間も惜しんで仕事しろって言うの、君は」
ずかずかと近づいてきた静雄に、布団をむしりとられて枕に顔を押しつけて唸る。
「起きろノミ蟲」
降ってくる声は、不機嫌そのもの。
先程から寝ぼけながらも感じている殺気が次第にキツくなってくるに至って。
臨也はようやく目を開けて、静雄を見上げた。
見下ろしてくる視線は険しい。
「…なんなのシズちゃん」
俺眠いんだけど、と言って目を瞬かせて溜息。
貴重な睡眠時間を削ることは確定か。
半ば諦め気味に身を起こそうとした臨也は、だが完全に起き上がる前に再びベッドへと逆戻りしていた。
両手首を掴んで引き倒した張本人は、じっとりとした視線で臨也を見下ろしている。
「しずちゃん?」
呼びかけに返ったのは返事ではなく探るような視線だけ。
「顔色悪ぃな」
「…まあ、ずっと忙しかったからね」
頷いてみせれば、静雄の眉が寄った。
何か言いたそうに小さく口を開いて、それから首を振る。
その動作を怪訝そうな顔で見つめていた臨也に、だが説明の言葉はなく。
静雄はふうと息を吐き出して、身を屈めて臨也の胸に頭を押し付けてきた。
ほとんど圧し掛かるも同然の――というか明らかに乗っかられている――体勢に、臨也は戸惑う。
行動の意図が、あまりにも読めなかった。
「いやあの、シズちゃん重いんだけど…?」
「うっせぇ、黙って大人しくしとけ」
「……」
胸の上に載せられた頭。
耳をぴたりと押し付けてまるで心音を確かめるかのような静雄に、臨也は首を傾げ瞬いた。
まるで懐くみたいな仕草だと思っていると、彼は顔も上げぬまま深く長い溜息をついて、言う。
「大体、手前がいねぇから…」
続く言葉はなかったが、それだけで大体の事情は分かった。
つまり、静雄は――
「寂しかったんだ?」
「………煩ぇ」
むくれたような声が返る。
まったく。自分も大概だが、この男も相当素直じゃない。
臨也の不在に不安を覚えたらしい寂しがりの幼馴染。
その頭をそっと撫でて、臨也は苦笑する。
「可愛いなぁシズちゃんは」
「煩ぇ黙れ」
「はは、そんな体勢で言われてもねぇ?」
本当に、この幼馴染は可愛い。
眠い身体は睡眠を欲していたけれど、もう少しだけ我慢してもらおう。
この可愛い可愛い大事な幼馴染が安心するまで。
それまでは、眠ってしまうわけにはいかないのだ。
「いざや」
「うん」
「手前は、寂しくねぇのかよ」
「寂しいよ?」
「嘘つけ」
「嘘じゃないよ。シズちゃんに会いたかった」
すっかり拗ねてしまっている静雄に、さてどうしようかと考えて。
くすくすと笑った臨也は、まずは「大好きだよ」と静雄に囁くのだった。
※一人が寂しい静雄さん。