「もし俺が死んだらどうする?」
「…あ?」
ふと何となく口にした問いに。
シズちゃんは間抜けな顔をして俺を見た。
「だから、俺が死んだらどうするの?って聞いたの」
「…手前みたいなのがそう簡単にくたばるかよ」
そういう話じゃないんだけどなぁと思って苦笑する。
「まあ俺だって早々死ぬ気はないけどさ」
でも、じゃあ。
「もし、例えば、あくまで仮定で、俺が死んだら、君はどうするの?」
色素の薄い瞳を見つめてもう一度問えば、シズちゃんは今度は眉を顰めて黙り込んだ。
静かに静かに何かを考えて。
それから、ひとつ長く息を吐く。
「俺は、もし、手前がこの世から消えたら…何もしねぇ」
「へぇ…」
意外と言えば意外だ。『何もしない』ね…まあ、別に後を追って欲しいとか思ってないし、それはいいんだけど。
「シズちゃんって案外薄情者?」
首を傾げて問いかけたのは、純粋な興味から。
「別に薄情なつもりはねぇよ」
「そう?まあ俺だって別に後追い自殺とかなんかして欲しいとは思ってないけどさ。仮にも可愛い恋人が死んじゃったってのに、何もしないはないじゃないか?」
「………」
あ、溜息つきやがった。何かムカつく。
「…手前が死んだとして、今更俺の中で何かが変わることなんか何もねぇんだよ」
きっぱりと。俺の目を見て言い切ったシズちゃんに、俺は目を瞬かせて首を傾げた。
なんだろう。何か違和感。でも、違和感の理由が分からない。
「…変な顔してんな」
「煩いなぁ。眉目秀麗なこの俺をつかまえてそんなこというわけだ?」
「…自分で言うな…」
微妙な顔をするシズちゃんを眺めながら、ふと、思った。
別にシズちゃんが薄情だろうがなんだろうが、俺が生きている間俺だけを見てれば、俺はそれで満足なんだけど。でも、じゃあ、俺がいなくなったらこの幼馴染はどうするんだろうか。
「じゃあシズちゃんは俺が死んだあとは、どうするの?」
問いかけに、シズちゃんは溜息をついた。
「…だから、何もしねぇんだよ」
「いや、そうじゃなくて」
違うって。俺が聞きたいのは俺に対する対応じゃなくて――
「だからよぉ」
「わっ!?」
いきなり腕を掴まれて、一瞬後にはシズちゃんの腕の中。
わけが分からない…。
「何もしねぇ」
「?」
「俺の場合、あんま毒とか効かねぇし、飛び降りとかは迷惑がかかるしよ。だから、何もしねぇで、ただ…待つ」
「………」
さすがに、その言葉の意味を理解するのには少し時間を要した。
脳内で反芻して咀嚼して。
何を待つと具体的に言ったわけじゃないけど、これは、間違いなくそういうことなんだろうと理解して。
俺はどう反応すればいいのか戸惑ってしまう。
…ああもう。どうしろっていうの。
何?こいつ俺をどうしたいわけ?泣かせたいわけ?馬鹿じゃないの?
「…君、自分が何言ってるか分かってる?」
「おう」
「……馬鹿だろ」
「仕方ねぇだろ」
ぎゅうっとシズちゃんの腕に力がこもった。
何が仕方ないのさ。何もしないって、馬鹿じゃないの。俺がそんなの喜ぶと思ってるの?
「いくらなんでもよ。本気で何もしなきゃいつか何とかなるだろ」
「うん君馬鹿だよね」
「…今死ぬかこのクソノミ蟲」
「やだよ」
だって、君、本気だろ。
ふるふると首を振って、シズちゃんの背中に手を回して抱きつく。
暖かい。
「俺はシズちゃんに死んで欲しいけど、そういう終わりは望んでないよ?」
ぽつりと、呟くように口にしたけど答えはなくて、代わりに頬にキスされる。
「シズちゃん?」
「俺は、手前がいない世界に用はねぇ」
耳元で囁かれたのは、たぶん…熱烈な告白…なんだと思う。
でも、うん。こいつ馬鹿だ。確定。俺はそんなこと望んでないって言ったのにさ。
シズちゃんが俺の心の中を覗けたら憤慨するだろうなと思いつつ、苦笑した。
そんな風に愛してもらえるのは嬉しいけどね?…それは俺の望む答えじゃないんだよ。
「…俺もシズちゃんがいない世界にはあまり興味ないかな」
「……嘘つけ」
「嘘じゃないよ?」
「人ラブとか言ってやがるくせに」
「…まあ、それはそうだけどさ」
確かに人間は好きだけど、人間たちとシズちゃんなら、シズちゃんを選ぶ。
俺はこの可愛い幼馴染が思うよりずっと、彼のことが好きなのだ。
だから、そんな終わり方は望まない。
「しかしシズちゃんがそんなこと考えてるとは意外だったな」
「そうか?」
「うん。シズちゃんならちゃんと俺がいなくても生きていけると思ってた」
なのに、そうじゃないらしい。
ムッとした顔をしたシズちゃんが、俺の顎を無理やり掴んで強引に唇を合わせてきて。
それから、言う。
「手前が思うほど、俺は強くねぇし、弱くねぇよ」
だから、と続く言葉は言われずとも分かっていたから、今度は俺から唇を奪って声を封じた。
もういいよ。それ以上は聞く必要がない。
「…どうやら俺は長生きしなきゃいけないらしいねぇ」
くくっと笑ってわざとらしく溜息をついてみせる。
「俺が殺すまで死ぬんじゃねぇぞ」
応じた幼馴染はでもまだどこか思いつめた顔をしていて。
とりあえず、もうこの話はするのをやめようと決めるには十分だった。
「間違えないで欲しいな。俺が君を殺すんだ」
「誰がやられるか、こんなほせぇノミ蟲野郎によぉ?」
「はは、そのノミ蟲くんをいまだに殺せないのはどちら様ですか?」
「煩ぇ黙れ殺すぞ」
「うん、俺も殺したいほど大好きだよシズちゃん」
「…どこが俺『も』、なんだよ…まあ、俺も好きだ」
溜息ひとつで思考を放棄したシズちゃんが顔を寄せてくるのに身を任せる。
ちゅっちゅと何度も降ってくるキス。
それに目を細めて、俺は先程の彼の答えを反芻し思考する。
ねぇ、シズちゃん。俺は君が好きだよ。
出会ったあの日からずっと、俺の唯一は君だ。
だから、今くれた答えが嬉しかったとか、不謹慎だけど思ってしまって、ちょっとだけ自己嫌悪してるんだよ。
――生きて、欲しいんだけどなぁ。
君が好きだから。
だから。
どうすれば、俺のいない世界でも君を生かすことが出来るのかな、とか。
君が望みもしないことを考える俺を、どうか許して欲しいんだ。
いつか訪れるかもしれない日を思う。